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日々の破片

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2019-11-09

_ ドン・パスクワーレ

新国立劇場でドン・パスクワーレ。なんと7分入りくらいでおどろく。Aの2F中央で観たのだが、目の前2列に人はいないし、後ろはほぼ無人、ギャラリー席はがらがら、なんともったいない。大した知名度がある作品ではないから、ドゥ・ニースを呼んだのだろうが降番してしまったので埋まらなかったのかな。

ドン・パスクワーレはロベルト・スカンディウッツィという人。アトレだとくそまじめな人がくそまじめだから可笑しみを誘うのだとか主張していたが、なるほど、そういう歌と演技で抜群。というかバスにもコロラトゥーラがあると(この曲は聞いているのだがちゃんとは気付いていなかった)思い知らされた。

メトのポレンザーニ、クヴィエツェン、ネトレプコのビデオだとそうは読めなかったが、ブルジョア革命成立後の、正しいブルジョアジーの在り方を啓蒙する、クリスマスキャロル(1843年)のような物語だったのだな。金持ちはばんばん人を雇い、贅沢な商品を買いまくるのが正しい、というやつだ。ドン・パスクワーレも同じく1843年だから、おれの見立ては驚くほど正しい。

Donizetti: Don Pasquale [DVD] [Import](Anna Netrebko)

(もちろん歌手の布陣からして最強なのだが、おれは今回の新国立の舞台のほうが良かったと思う)

ドゥ・ニースの代役はハスミック・トロシャンという人。金切声になるところがあってそれはすごく嫌だったが、コロラトゥーラはきれいだし、ドン・パスクワーレに紹介されるところで手にした花束をくるくる回したり、威風堂々と叱りつけたりとか立ち居振る舞い含めて、これは良いノリーナで、兄貴のマラテスタのピッツーティという人はうまいのなんのって、実に良い舞台だ。こういうおもしろい作品に人が埋まらないというのは悲しいことだな。特に二幕冒頭のドン・パスクワーレとノリーナの二重唱、曲、演技、歌唱すべてにおいて抜群だったのに。というか、曲の楽しさと歌手の組み合わせの妙とか、愛の妙薬よりも遥かに作品としては優れていると思うのだが、そうはいかないのだな(おそらく内容の啓蒙っぷりが、映画泥棒と同じくマッチしていないからだろう。観劇に金使っている人に金を使えというのは、映画を観に来ている人に映画を盗むなと説教するのと同じといえば同じ構造だ)。

エルネストのミロノフという人はいかにもエルネストで(それにしても、人は良いが無能な甥っ子という設定もクリスマス・キャロルと同じだ)、舞台に立っていると良いのだが、声は好きではない。もっと明るくパーンと響かせる声が良いのだがな。

カーテンコールで出てきた指揮者(ロヴァーリスという人)が、まるで銀行員のようなスーツ・ネクタイで妙におもしろかった。なるほど、そういう時代の作品だ。

舞台美術は4個くらいの中心となるオブジェを壁に見立てて、(これも人力なのかな?)自由自在に動かして場を転換させるのだが、実にスピーディーで、オペラブッファのテンポってこうじゃなきゃな、と感心する。衣装含めて抜群だ。

これだけ力が入った舞台なだけに、観た人が少ないのが、本当に残念だ。もったいないなぁ。


2019-11-30

_ ミュージカルの天使にラブソングを

シアターオーブで天使にラブソングを

いきなり、逝かせて天国 という下品極まりない曲で始まって(おれは、映画版も見ていないのでウーピーゴールドバーグが逃亡先の修道院でコーラス隊を成功させる話、程度の知識しかなかった)マイクをポールみたいに使ったりして一体これはなんだ? と唖然とするとともに、音楽の絶妙なうまさに感嘆する。これはよほどのモータウン野郎が作曲したに違いない。

話が進むと歌っていたのはドロレスという名前で、ナイトクラブを経営しているギャングの親分の情婦で、歌手デビューさせてやるといわれているということがわかる。わかるが、親分はまだだめだと言い放つ。このあたりの理由はさっぱりわからない。実際歌は抜群という設定なのは子分たちの反応からも(物語の中でも)わからないわけではない。

さらにクリスマスプレゼントが親分の奥さんのおさがりの趣味が悪い毛皮ということで憤然として店を後にする。のだが、悪いことは重なるもので、裏切り者の処刑の場面を目撃してしまう。

その足で追っ手をまいて警察に駆け込むと、高校時代の同級生の汗かきエディというやつがいて、彼のアイディアで裁判での証言までの間、修道院に匿ってもらうことになる。

一方、修道院のほうは、院長の厳格主義が災いしてまったくぱっとしない(要は信者が減る一方なので喜捨が集まらない)。日曜のミサの後にアンティーク商への身売り話がほぼ決まっている(ゴシック造りの立派な修道院なのだ)。

唐突に、坪内逍遥の「尼寺へ行け」というのは名訳だな、と考える。明治時代に修道院じゃ(トラピストのあたりにでも住んでいなければ)意味がわからなかっただろう。でも待て、修道尼院(にいん)が正しいんじゃないか? 修道院じゃ修道士のほうだ。

それにしては修道尼(しゅうどうに)というのを見た記憶がない。修道尼院は普通に見かけるにもかかわらず。代わりに修道女と呼ぶ。でも、修道女院とは言わない。なんでだ?

いずれにしても、舞台の上で修道尼院と発話されても観ている側にはまったく通じないだろう。文章用語だ。けだし、「尼寺へ行け」は名訳だな。

音楽が素晴らしいのは、すったもんだの末、合唱指導を院長に命じられて少しずつ歌わせていき、最後に盛大なコーラスになる部分で、ここは抜群に感動的で思わず涙がこぼれそうになる。

結局行かせて天国が神様にお願いの曲として復活するのだが、それは身バレの元にもなるとかいろいろうまい。

汗かきエディがなぜおれは汗かきエディなんだ? と嘆く歌は、オンザタウンのゲイビーの寂しい歌に匹敵する抜群な寂しい歌。ジョン・トラボルタが憧れの成りたい男として出て来て、その時代を舞台にした作品なのだなと良くわかる。

さて、第2幕。途中、プログラムを見て、作曲がアラン・メンケンと知ってびっくりする。まるでポール・ウィリアムズ(ファントム・オブ・ザ・パラダイスの中で50年代R&Rからサーフィンサウンド、オペラ風の曲、ハードロックと何でもかんでもそれなりに見事な曲を作りまくっている)みたいに何でも作曲できるんだな。

修道女たちの服がどんどこ煌びやかになり、神父(修道尼院じゃないのか? 良くわからん)がノリノリで金儲けに走るのは普通におもしろい。

神出鬼没ギャグが2回。

女の口説き方についての子分3人組の見事な歌(曲)があり、親分の悪くないナンバーもあるが、院長がまるでプラシド・ドミンゴか? とうんざりするほどかすれ声の歌を歌うのだが、その曲を除けば立ち居振る舞いも立派、演技はしっかり声もすごくて、さすが鳳蘭って大スターなのだなと納得もした。

とても抜群なミュージカルだった。というか、曲も鼻声テノール用のミュージカルソングではない(その気になればエディはそういう風に歌えるかも知れないが、そういう演出ではない)、とても良いミュージカルで大変気に入る。

Sister Act(The London Theatre Orchestra and Cast)

この作品の脚本家は、リーダーシップの本とか読んで練ったのではないかと考えさせる点がいくつか。

最初にファンを作り、一番弱いメンバーを大切にし、地位を追われるのではと反対工作に走りかねない古株を立てることで懐柔するとか、そのあたりの作りのうまさ。

そういえば、ドロレスは高校時代に合唱を一丸となって成功に導かせた立役者だと汗かきエディに述懐させる台詞もあった。

結構、そのあたりが話の中に良い味付けになっていて、それもおもしろさにつながっているのだと思った。

# 突然、ルーダンの悪魔を思い出した。

ルーダンの悪魔(オルダス ハクスリー)


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