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多少は正しいと思う。楽譜ではなく演奏。
ハイキングの計画(何時ごろ飯食って、滝見て、川くだって)、地図(滝から川まで5kmでも1:30かかる)、本当のハイキング。
実行時をもって実装と見る。バイナリは地図の別の保持方法。
以前、BC++(TC++かも)のバグにぶつかったことがあった(確か間接参照からみのやつ)。エイリアス最適化ではなく、えっー? ってレベルの。配列で書きますか、と出力されたコードを見て思ったものだが。
これを実装物と見られるとあまり嬉しくはない。
ハイキングそものは公開できないが、地図と旅程は公開可能。
楽譜と演奏ということでは、実行時の無二性というものを持つソフトウェアがあってもおもしろい。それは意味的な破壊行為だから。再現不可能な実行(タイミングバグですか?)
腰回りがパンパンで擦れてるとか、無理に回したから焦げ臭いとか、どう考えても良い意味には取れない。
焼けてくっつく。焦げつく。「―・くような暑さ」「エンジンが―・く」
(大辞林)
用例が悪い意味だが。
多分、「シビレルバンド幅」(うーんだめだな)とか「ギラつくバンド幅」(やばめだな)とか考えるだけ無駄なのは「バンド幅」だよな。だめな言葉だ。やっぱ、「怒涛の大帯域」とかだろ。「打ち寄せる大波、舞い上がる水しぶき、これぞ帯域のビッグウェーブ」とか。チンプーだ。燃え尽きたバンド幅までもう1歩。
しかし、PC見慣れてるからかも知れないが高いな(絶対値として。相対的には安いのかも知れないけど)。G5というのを見てると、値段だけならBlade1500とかまでもうちょっとという感じがするんだが。
というよりも、見た目で衝動買いできる世界でもないなぁ(と自分をカームダウンしながら)PowerBook G4 15" SuperDriveかなぁ、とか。
#ふーむ、appleのサイトでカタログ見ると、全然、欲しくならないんだが。
#ということは、ウィンドウの影が欲しいってことなのかな。
#後、左側の信号みたいなやつだな。色味。
よっしゃ、Windowsハックで影と信号だ。(探せば、誰かやってるだろうな)
で、Gnomeってテもあるかと調べると
Gnome Aqua。影が無い……
Gnome Aqua。これはジョークか?
Metacity用のテーマだがスクリーンショットが無い。
っていうか、やっぱ、モドキはやだな。
で、まあ、購入する決意は固まったのはいいんだが、全然、わからない。
何がわからないって、どのあたりを買うとどの程度の使い勝手だとか。
少なくても設置場所の問題があるからノートにするのは決まりだ。するとiBookとPowerBookという2つのシリーズに分かれてることがわかった。
わからなければベストにしとけっていうのがあるから、そっちで攻めれば候補は2つで、Power Book G4 15"か17"。1.25GHz+512MBになる。
その一方でよくわからないんだから20万円以下にしとけってのももっともだから、iBook G4 の14"で1GHzと256MB(でも常識的に不足なのは間違いなさそうなんでこれは倍増させることにする)。
キャッシュのサイズも違うし、DVDに焼くかどうか、DVI出力(不要だと思ったけど、PowerBookだとデュアルディスプレイができるようなので、それだと意味が出てくる)がいるかどうか。1024×768か、1280×854(または1440×900)か。
片方は17万円で、もう片方は32万円(または38万円)。
偉い差だ。あとは実物見て決めるしかないかな。
で、まあ、勤め先で飯食いながら、Mac買うつもりとか言ってたら、ボタンが1つしかないマウスがどうしたというような話になった。
Amiga買ったころ読んだ雑誌に、アコレイドの名前忘れたゲームの記事が出てて、Amiga版は普通なんだけど、Mac版だと、物を拾うにはクリックして素早く下に動かしてまたクリック、しゃがむにはダブルクリックして素早く下に動かしてまたクリック、階段を下りるにはクリックして素早く下に動かしてダブルクリック、とか言った感じで、普通のマウスだと左、右、両方の3種類があるのにMacだと1個しか無いから、誰も操作を覚えられないという話。
良くまあ、そんなマシンを買う気になったとか、やっぱり絵がきれいなのがいいでしょうとか、ロングホーンはヒラヒラするといいねぇ、とか。
というわけで多分、3ヶ月もすると慣れてしまって、「おまいらボタンが2つも必要でつか? ゴテゴテと良くまあそんなにボタンを並べて、まったくソフィスティケートされてませんね」とか言い出すんだろうな、ということで。
のリンダさんは、ウォルマートのCIO。
女性の偉い(地位が高いの意味)人といえばこの業界じゃすぐに名前が出てくるカールトンフィオリナやドナダビンスキーよりも動かす金も影響力も大きいんじゃなかろうか? たとえば、フィオリナはRFIDを波及させる影響力はない。しかし、ディルマンにはある。
どっちもUSLから買った。SCOはUnix、BEAはTUXEDO(正確にはNovellから買った――後からAT&TのTOPENDも)。
明暗くっきり。
OS<<<<<<<<<<<<<TPモニタ
与太話で思い出したのをメモ。
クレイってのはぶっ飛んでたよね、なんか写真見たらソファーみたいじゃん、そしたら本当にソファーでやんの。
ありゃ、銀行の待合室とかに置くのかね? って銀行には不要か。
で、丸いから、部屋の真ん中に置くしかないよね、フツーは壁にくっつけるけど。
そりゃ、パソコンはそうだけど、メインフレームは壁にはつけないな。スーパーコンピュータだって、壁にはつけないだろ。って言うか、壁にくっつけられると空調に問題が出るから真ん中に置くしかないように周りにソファをくっつけたんじゃないかな。
そういや昔、某所に行ったらメインフレームが見当たらないんで変だなと良くみたら、壁際に日立のでっかいのが置いてあった。ほー、日立ですか、とよく見たらやたら風が出てくるじゃん。
なぜ?
エアコンだったよ。(ようするにメインフレーム使ってなかったってこった)
で、そのうち、P5-10GHzとかAthlon128とかになると、当然、1.8KWとかになるよね。HyperThreading100スレッドとかになってさ。当然、水冷が必要になるから、究極のフォームはやっぱりクレイじゃん。で、イスがつく。
そんなパソコン誰も買わねぇよ。
そんなこたないよ。考えてもみなよ、ロングホーンでウィンドウが3Dでひらひらするわけだろ? 当然、起動音だって、10.5Chでスピーカーが12本くらい部屋の回りにあって、起動するとビィーヨオーンビィーヨオーンってグルグル回転するわけだ、3Dだから。当然、壁際に机おいてたらダメダメじゃん。当然、部屋の真ん中に設置することになるわけだ。だから、クレイ型で決まりだ。
BICカメラで会社の帰り。メモリー増設したりして、約20万円。
最後に迷ったのが、店頭で見ると12"でも十分なサイズに思えたこと。でも、遅い石は避けたいんで(800と1Gでどれだけ違うかわからないけど。実際、Windows2000だとP!!!-800とP!!!-1Gの差よりも256MBか512MBかの差のほうが遥かに大きいわけだし)予定通り14"のにした。でかいな。
やっぱり、新しいマシンで、しかもこれまでまともにいじったこともないわけで、その意味じゃなかなかウキウキした気分。
でかいし、白いが、きれいだ。なんていうか、この冷蔵庫みたいな白さってのは新鮮な感じがする。(1年ほど前、AIWAのMDプレイヤーを買ったときも、冷蔵庫みたいな白のモデルがあってそれにしたんだが)
とりあえず言われるままになんとなく名前や住所を突っ込んでいき後になって、どこに保管してるのかとか気になったけど、そのへんはぼちぼち見てくるとして、とりあえずバッテリを1度満杯にして空にする作業に突入。
でもシャットダウンするとき、名前が漢字で出て来て、ちょっとぎょっとして、変更したり。ユーザーIDのほうが利用されて名前はコメント的に出てくるのかと思ったら、UI上は名前が主となるわけか。
が、それはそれとして、Windows2000とLANG=CなLinuxでまだやることがしこたまあるのだ。
子供のクリスマス用
Alice's Adventures in Wonderland(Carroll, Lewis)
The Wonderful Wizard Of Oz (The Childhood of Famous Americans Series)(Baum, L. Frank)
なんていうか、僕が読みたいってのがでかいんだが。
あ、売れ筋の2冊を購入したからか、こんなの出して来た。
The Night Before Christmas (Classic Collectible Pop-Up)(Clement Clarke Moore)
クリスマスなんだから、アリスじゃなくてこっちにすりゃ良かった。が、さすがに2冊だな(はずれてたら悲しいし)
C# Web本のランク調査→関連商品→評者→というような道筋で発見。
サブダっていう名前は覚えた。
そういや、買って最初に蓋が開かなくて???になったことを記憶しておこう。つまり、ポリシーを破って、所有者じゃなくて将来の購入者に良い顔を向ける腐った根性のマシンをついに買ってしまったということだ。
よい点:迸るユーザーエクスピアリアンスってのはこれか、ってくらい、きれいだ。サファリの映し出す世界は相当衝撃的だった。一応、ブラウジングしてみた世界は、各種Windows,Solaris(CDE,Gnome),リコーフォントを入れたGnome on Linuxとかいろいろ知っていたが、驚いた。影云々の前にフォントが全然違う。使ってみないとわかんないもんだね。後、キータッチは良い。初代98ノートを思い出した。
悪い点:慣れない点を含む。なんといってもdeleteがbackspaceとして振る舞うのは許しがたい(というか位置からdeleteが無いと言うか)。それから、USBポートが左にある点。ノート用マウスって、使い勝手からケーブルが短めなんだがそれが非常に悪い方向に働いてしまう。つまり、ケーブルをキーボードの上をまたがらせないと右に置けないんですが。これは辛いな。あと、やはり(Macとは関係ないけど)タッチパッドは使いにくい。すごく。スクロールボタンの欠如も辛いかな(Looxだと3番目のボタン+アキュポイント(の富士通版)でスクロールするからそれに慣れてるし。言う方がどうかしてるんだけどNetBEUIが無い。しょうがないけどさ(と思ったらプリンタサーバがAppleTalkをサポートしてることがわかったから問題なし)。音が悪い(いや、安価なほうのノートに言う台詞じゃないのはわかってるけど)
バグっぽい:サファリ。パスワードが正しく入らないようだ(基本認証に失敗する)。これはキャプチャして確認しないと断言できないけど(単に送信してないだけにも見える)。だから、これはIEで打ち込み。
シェルの出し方がわからないけど、これは後回し。とりあえずマカーとして使ってから裏側へ進む予定。
圏外から。kdmsnrさんの翻訳(かな)。
やっぱ、まだまだトランザクションスクリプトで十分だよなって考えて書いてきたが、こういう挑発的なことを書かれると考え直しちゃうよな……いかんいかん、だが、ちょっと変えられる部分は変えることにするか。
でも、オブジェクト爆発症候群っていうかドメインモデル高脂質症ってこともありえるから注意は必要(たぶん、そんなことはわかっていて、むしろ貧血気味な人であふれてるから注意を促してるんだろうけど)。
if a == b c += 1 elsif a == d c += 2 end if c > 100 e.apply endこれを、たとえば
a.apply_current_status(c) c.apply_current_status(e) ... class C def apply_current_status(e) if @value > 100 e.appy end end ... endのように、オブジェクトのインタラクションとして記述することにメリットがあることは容易に想像できる。たとえばaの状態判断が増加しても、メインとなっているサービス部分の処理への影響が出ないことなんかは端的に出ている。
procs = [] tx.each do |item| procs << [ item.foo, resource.get(item.bar) ] end procs.each do |stat| stat[0].apply_current_status(stat[1]) end問題は、この実装が、最初の仕様書とは似ても似つかぬことだ。
コンテキストが抜けてる。
上のC#apply_current_statusは、あくまでも「この」仕様でのCの振る舞いであって、別の仕様(仕様というより処理だし、その処理を決定するのはコンテキスト)では当然、異なる振る舞いをすることになる。それを無視すると、意図が読めなかったり、単純にCやAに処理が移動していくだけになる。すると、コンテキストを各クラスがコードで判断することになっていくから、かえってだめだめだ。
だからこそのストラテジなんだが(当然Cとその派生物はコンテキスト分存在するーーとまではいかないだろうが)、こんな単純な例でストラテジを出すこと自体が高脂血症になっている。
うーん。
っていうか、日記にこんなこと書いてる余裕はないんだが。最初の予定通りにやれって。
仕様が反映できていないのは、バータリーなコンテキストそのままの仕様だからだ。
最後のループで処理を回してくことを可能にするには、全体に対してのルールをあらかじめ用意した全体の仕様を示しておいたうえで、個々のコンテキストでどのルールを適用するかを示せば良いのだろう。
そこを手抜きで、暗黙のうちにわかっている全体ルールを仕様に示さないために、似ても似つかぬことになるわけか。
って言うか例が極端なんだけど。
なんか読み直しているうちに、もっと極端なトランザクションスクリプトを念頭に置いてアンチパターン化しているらしいと気づいた。本当にエンティティbeanのセッタとゲッタしか使ってないような処理のことを指してるんだな。っていうか、EJB2.0以降はビジネスメソッドをエンティティbeanに入れるでしょう。
くまりんさんがいろいろ教えてくださるおかげで、はっと気づいた。C-hの発想が無いの部分。あちゃー、全然、気づいてなかったよ。
サファリだけじゃなく、Mozilla Firebird、Mozilla、(Galeonは違った)、はURLのところで、C-h、C-d、C-f、C-b、C-a、C-eが使えるんだ。さすがにC-pで1つ前のURLへ戻るとかはだめでみんなプリントになるようだが。
また、Mozilla Firebird(面倒なんで他のはurl欄しか調べてない)のtextareaは、C-p、C-nも使える。
こうなると、GaleonだけはIE並の使いにくさってことになるな。(って言うか、今更、LinuxマシンのほうではカーソルやDeleteに手が伸びる癖がついてるからあまり関係ないけど。)
とりあえずC-dが使えるから、Deleteキー(というか位置はBackspaceなんだけど、どうも僕は位置より名前を信じてしまうらしい)の件は解決みたいだ。
0x0230 2053 6166 6172 692f 3130 302e 310d 0a41 .Safari/100.1..A 0x0240 7574 686f 7269 7a61 7469 6f6e 3a20 4261 uthorization:.Ba 0x0250 7369 6320 5958 4a30 6232 3436 7061 576c sic.YXJ0b246paWl 0x0260 7061 553d 0d0a 436f 6e6e 6563 7469 6f6e paU=..Connectionこれに対して
$ ruby -e 'puts "YXJ0b246paWlpaU=".unpack("m")[0]' arton:ゥゥ? $ ruby -e 'puts "YXJ0b246paWlpaU=".unpack("m")[0].unpack("H*")[0]' 6172746f6e3aa5a5a5a5a5 $となる。61(a)72(r)74(t)6f(o)6e(n)3a(:)は良いが、あとがa5a5a5a5a5とはなんぞや? ちなみに\は5cだからなんかのエスケープ処理が入ったのは間違いないところ。
ああ、まさにおれのことか。
ハードディスクのMTBFが1/50000とする。2台買ったらどうなるかっていうと、1/50000×2(台)だから、結果は1/25000。危険度倍増。
RAIDでミラーリングなら、同時に昇天する可能性は計算上は1/50000×1/50000でほとんど無い。
ところが、実際にはRAIDコントローラという単点にバグはあるは熱持って死ぬわで、実はHD1台よりやばかったり。
というようなことをソフトウェアにもあてはめて(MTBFってのをmean time bug foundとか全然変な英語だが読み替えると)考えると、やっぱり1つに絞るほうが良いってことかな。
MTBFじゃなくてMTTRのほうだな。1/50000とか書いたら。直そうかと思ったがくだらないダジャレが修正できないから、そのままにしとく。
全然違うじゃん。稼働率のつもりでもなさそうだし、いったいどこからああいう有理数を持ってきたんだろう? って言うか最近、そのあたりの計算してないのがバレバレですな。
思い出した。というか調べた。故障率だ。
書いておこう。稼働率=MTBF/(MTBF + MTTR)
故障率=1/MTBF
MTBF: 平均故障間隔
FIT: 故障率
MTTR: 平均修理時間
だめだな。まだ、というか、少なくても後1〜2週間はMacOS Xの細かいことを見る余裕はないんだけど、UTF-8で動いているように思う。(とりあえず、ターミナルでvi開いて日本語打ち込んで保存してからodで見るとUTF-8で書かれてるし)
ここでApacheの401の返送時のcontent-typeがtext/html,charset=iso-8859-1 だというのが効いてるんじゃないだろうか?
\は内部的にa3で持っているのだが、これはiso-8859-1に対応する文字コードが無いはず(5cはバックスラッシュだから)。そこで、好意的に解釈すればサファリは困ってしまってそのまま送ってしまうのだと思う。
ためしに、httpd.confで401の場合にlang="ja-JP"で、metaでcharset指定したhtml返すようにしてみたが、HTTPヘッダのcontent-typeが優先される(でいいんだっけ?)からか、現象変わらず。
パスワード変えるでFA?
Apacheのソース見る気にはならないしなぁ、とどこかで見たような話になってきたが。
調べりゃApacheのことだからなんか方法があるかも。
追記:なんのことはなく、cgiで出せばいいんだと気付いて401はcgiでContent-Type: text/html; charset=EUC-JPを返すようにしたが、だめだ。というか、a3->5cという変換は暗黙にやれるだろうと気付いたので、バグとはまだ言い切る気はないけど、この点については非常に不親切なブラウザーだというのが現時点での見解。
昨日、3人で見てきた。東急文化会館を建て替えてるので、クロスタワーと名を変えた東邦生命ビルの2階。結構混んでいて1時間前についたのに最前列しか空いてなかった。でも、足を投げ出せるので最前列はそれほど嫌いじゃない、僕は。
カモメの嘴が帆に突き刺さってチョーダイチョーダイとか、眉毛の下がり方が素敵だ。
渡り鳥じゃカニが鳥を食べてたが、こっちじゃカニが食べられる側だったり。
とりあえず、プリンタの設定でApplTalkを選択するも、プリンタサーバが見えないんで???。
しょうがないからプリンタサーバを覗こうと思ったら、Windwos2000からは見えない。NetwareクライアントサービスがいればOKのはずだが。
しょうがないから、WindowsMeをどっかに入れることを計画。LinuxマシンとWindows2000は潰せないから、ゲームとキャプチャ(原稿の画面キャプチャで、楽しそうなキャプチャじゃない)用XPを潰すことにする。
……FD無いと、だめみたい。手元のMSDNのDVDだと2000とXPはブートして選択できるのだが。
しょうがないからUSB FDDを引っ張り出してBIOS設定切り替えて(便利になったもんだ)……ブート用FD?
封印されているFD箱からWindowsの起動ディスクを引っ張り出して……というようなことを延々と繰り返してWindowsMeを入れると、なんと、びっくり、快適に動くじゃないか。時代に追いついたんですねのAthlon1800+(古いか)、で、プリンタサーバーを覗くとApplTalkはディスエーブルしてた。そりゃそうか。で、イネーブルして、Macから見えた見えた……の後、延々と続くのはポストスクリプトプリンタじゃないからですな。(で、ここにたどり着く前にWindowsUpdateで10回近く再起動されたわけで、XPとか本当に進歩したもんだなと感慨ひとしお)
で、最終的にはIPアドレスをプリンタサーバーに振ってLPRを使うことで決着。でも、適切なドライバーがなくて適当な型番用のを選んだから色がちょっと変。あーうんざりした。
#で、良く考えたら、プリントするときだけUSBケーブルで繋げばモアベターだったり。
#というようなことは隙間でやってるだけです。
ちなみに、プリンタはHP5551とかいうやつ。プリンタサーバーはネットワークにコレガあるのこいつの1世代前の。
さて、お気づきのように、Mac=AppleTalk=ポストスクリプトのみ対応と書いてあるけど、実際にはOS XならLPRでいける(ドライバーがあれば)。HP5551のはないから550Cのでだまして使ってみたけど一応は使える。でも、今更NetBEUIじゃね。さらに、XPもLPR専用みたく書いてあるけど実際はNetBEUIが(MSFTのオマケで入ってるから)使える。
で、なんでこんなの買ったかと言えば、安いって理由の他に、今でこそグローバルIPアドレスが振られてるからルータをかましてるけど、以前はCATV内で完全に192.168.*(172だったかも)の世界だったから幹線とはバカハブで繋いでたんですな。で、NetBEUIはバカハブ接続で安全だったので(CATVのセンターで捨て)ルータをたてなくても済んでたからだったり。
bashがデフォルトのbsdである、と。
ずーっと、最初に作成したユーザーがスーパーユーザーだと思ってました(Lindowsとかもあることだし)。で、/etc/hostsをいじってたら、書き込みできないではないですか。ほえ?
su -
でも、パスワード知らないし……
あ、sudoがあるわけね。
ではrootには、一体どんなパスワードが設定されているのだろうか?
それはそれとして、システム環境設定でアカウントの設定をいじるとき、パスワードの入力を求められるのって、内部でsudoしてるからなんだな、と納得。(Eコマースサイトじゃないんだから、なんで再度パスワードを入れさせるのかわからなかったよ)
こんな感じかな。まあ、イメージだから、固有名詞はわからなくても構わん。
西麻布の裏の細い路地曲がったとこ(商店街からは2本ほど離れてる)、どう見ても民家なんだが、実はそこ、12:00〜15:00までランチを出す店で、多分、営業許可もきちんととってる。
客席は少ない。
まあ、気取った、鼻持ちならない、しかし、確かに美味だったり。
客はちゃんといて、別に予約が必要なわけじゃない。客が友人を連れ来るという形式でしか広がらない。でも、明らかに客筋ってのが見える仕組みだ。
というような店の主人と、その客は、この店がタウン誌とかに掲載されることをすごーーーーーーく嫌がる。で、店の雰囲気を壊す客が来るようになると店を畳んでしまう。ばいばい。
でも、公道に向けて商売してるじゃんかよ。営業許可も保険所から取ってるんだろうがごるぁ。
でも、看板も出してませんし、イエローページにも載せてませんが何か?
だったら、会員制、犬と非会員お断りと書いとけよごるぁ。
私の料理を気に入ってくださり、店の雰囲気を大事にしてくださるお客様であればどなたでも歓迎いたしますのでそれはできませんですが何か?
もし、僕がその店の常連で、そこの雰囲気に馴染んでいるならば、どこのマガジンハウスだよ、雑誌に載せちまってよ、あーあー、この店ももう終わりだな、となる。
もし、僕がその店に興味がなければ、そもそも知らないんだからどうでも良い。
殺人者は殺人し、密告者が密告するなら、雑誌社は雑誌を発行し、記者は記事を書く。
雰囲気読めよ、ってことだとしか思えないけど。
無関心ってのとはちょっと違うようだなTさん。むしろBOF(同好の士)というところかも。
bof n,m. [卑]闇商人。
ではなくて、興醒めというようなとき、Bofと言うような気がしたが。
まあ、あれだ。岡星で祭りオフをやるってこったな。
そうやって、俗流の大河が怒涛となってすべてをきれいさっぱり洗い流して行くのだ。
それはそれで大いに結構なことじゃないだろうか。俗に揉まれればそこから飛び出す先鋭も生まれる。残らなきゃそこまでだ。ひっそりと消えてもどっかに種が蒔かれてる可能性もあるだろうし、しょせん、人にできることは種を蒔く程度のことだ。
大衆化にも旨味はあるし、それを嫌って新たに生まれるものにも旨味はあるってこと。俗と貴のせめぎあいも歴史の動力のひとつだよな。って全然、お題から外れてるんですが。
電車で1番好きなのはバナナだな。
「あのー」
「なんの御用ですかな?」
「失礼ですが、あなた……」
「わたしですか?」
「耳にバナナが刺さっているんですが」
「はぁ? わたしは耳にバナナが刺さっているんで良く聞こえないんですよ」
なるほど。
僕はユーザーエージェントでBot系=無条件に許可。でも、人間が使うブラウザーは飛ばすってのを考えてみた。
検索結果表示とそのキャッシュでしか見ることができないページなのだ。
REVERSE SOLIDUS (U+005C) と YEN SIGN (U+00A5) をキーボード上で区別しているのとおりでした。
無事、認証に通りました。よしだむさん、ありがとうございます。
結論:バグじゃなくて仕様です。ということですね。で、この場合、僕が仕様を知らなかったわけで、正直済まんかったということで。
#斜線(日本語通用名称)の名前はSOLIDUSなのか(X0208 1997にもそう書いてあるな)。でもまあ、ピリオドをFULL STOPとは言わないように多分、今後もスラッシュとかバックスラッシュと表記するとは思うけど、了解しました。
Becky!のML。元々の入り口に意図を感じるから(spamボットよけ?)、リンクではなく、文字として http://www.rimarts.com/ml/becky-ml/19500/19574.html にいたるまでの道筋。
1グリフ1コードってことだとどちらかというと全角英数を廃絶してほしいんだが。
J2EEの人達って、キューはあんまり使わないのかなぁと、つぶやいてみる。
subの後ろにvとかeとかsとかがごちゃっとついているのを見て、なんとなくsubversionのことをずっとsubsevenの亜種か何かで白いほうに倒したもんだと思い込んでた。
このツッコミを見て間違いを知った。
思い込みは敵ですな。
20年ぶりのサイケデリックファーズ。届いた。きれいなメロディと適度なスピード感。ちょっと嗄れた感じのボーカル。いないよりはいたほうが良いサックスとか。
思い出すよ、読売ホール(今は無いんじゃないか?)。ベーシストの弟のほうは客席まで降りてきて弾いてたな。わりとライブバンドだという感じだ。
でも、2〜3回聞いたら飽きてしまう予感。
同時に発注した初期作品3枚組も来た。
Psychedelic Furs/Talk Talk ...(Psychedelic Furs)
しかし、驚きなのはこの連中じゃなくて、ルーリードだ。まだ現役なんだからな。
圏外から。
それよりも不思議なのは、われわれ(ってのはこの場合、日本人)は、一休さんの
殿様「この屏風の中のトラを縄で縛れるか?」
一休「お安いごようです」
殿様「それじゃ、これが縄だ。それ、さっさとやれ」
一休「で? さっさとトラを屏風から外に出してくださいよ」
っていうシュレディンガーの猫を持ってるのに、なんで単なる頓知話としてそっから先へ考察を進められなかったんだろう?
追記:もちろんここでは観察の問題はないから全然シュレディンガーの猫とは関係ないんだが、矛盾した問題というのを単に頓知の閃きで笑い飛ばす(それは立派な文化なのだが)だけではなく、そこからまだ見ぬ法則を考察していく作業ってこと。
自由―平等―友愛
自由―権利―義務
自由―民主
libertyとfree。
libertaireは絶対自由主義と訳す。
libertarianは銃を持つ自由の支持者らしい。
どちらでもlibertin(e)は放蕩主義となる(ネガティブな意味)
自由―放蕩
放蕩は神(道徳律)への挑戦だから、libertinがliberなのは当然のことだ。
libertaireはanarchisteとほぼ同義。sans maitre, sans diew.
神と向き合うことが自由を獲得するための第一歩だったのは王権神授説によって守られた王を打倒するために必要だったのだろう。
それに較べるとプロテスタントとして地上の権力とは無縁などちらかといえば自らを律するための神から始めたアメリカで自由が暴力と結合するのはそれほど奇妙ではないのかも知れない。
絶対自由主義者ってのは、春秋戦国の言葉で言えば化外の民ってことになるのかも。
アングロサクソンはlibertyとfreeを持つ
フランス人はliberteを持つ。これは限りなくfreeのほうだ。神からの解放を含意するからだ。
誰かが自由を輸入するときに意識的なすり替えをおこなったに違いなかろう。日本人の自由はアングロサクソンのlibertyに見える。
だが、徒然草では自由は放蕩に近い意味だ。「よろづ自由にして、大方、人に従ふといふ事なし」
変節した自由は自由ではない。
PKディック(なんかエンティティbeanの主キークラス名みたいだ)の作品で僕が好きなやつに、コップを作る人の話がある。
なんかどっかの星からやってきた、無尽の力でもって物質のコピーをする宇宙人に製造を委託することになれきった人類が、その生物の滅亡を前にして野蛮化するって話だ。
生き残った集落の人間は、生き残った=宇宙人がまだいる=略奪すべえと群盗と化すか、確か死に掛けた宇宙人は特定の物質しかコピーできなくなるから、自集落で採取したコピー品を他の集落のコピー品と交換するとかしなきゃならないんで特産品(と意っていいのか)を手に物々交換の旅に出る。
というようなことを思い出したのは、地図と磁石のジェーンジェイコブズについての言及を見たからだ。もしかするとディックもジェイコブズを読んだのかな(とはいえ、荒っぽいほうの短編だから50年代に書いたやつかも知れないから、なんとも言えない)。
で、この中でぬぼーっとしたわけのわからない旅人が出てくるんだが、実はこいつは、木を石を尖らせた道具で削って自分のためのコップを自分で作っている、そういった手作りカルトの集落から仲間を探しに来たんだということが最後でわかる。なんだい、この変なのは? −コップさ。オレが作ったんだ。お前も作ってみないか?
この作品にはディックぽいねじくれ感に乏しくてむしろ素直に感動的なのは、多分、こっちの職業的な倫理観と合致してるからかも知れないが、そもそも何を感じたか忘れた。
#なんか地図と磁石を読んで考えたことがあったんだが、ディックをからめるために筋を思い出してるうちに忘れたらしい。多分、リンクされない蛸壺サイトのこととか、はてなのキーワードからのリンクの脈絡のない多様性とか、世界が100人のコンサルタントだったらとか、そのあたりかな。後、従属理論ってそんなに単純だったか? という疑問とか(当然、買弁は富を得てくるわけだが、それは国民に分配されずにそのまま先進国の消費財の購入へ向かってしまうわけで、単に不平等を拡大再生産するマシンなのが問題とされてたような気がするんだけど忘れちゃった。あと南米発祥というのは素直に知らなかった。というよりもアミーンしか読んだことなかったから北アフリカのほう発祥なのかと思ってた)
_ なひ [「エンティティbeanの主キークラス名みたい」そのまんまですがな。]
くまりんさんに反応返し。
臨済録ですか。考えてみれば老子とか荘子は何遍も読んでるのに、こっちの国(この表現が難しい。本朝とか吾国と書くような時代じゃないし、日本では、と大上段な言い方はしたくないし)の古典思索(哲学という概念確立前だから哲学じゃないし、宗教書という言葉の意味するものとも違うし、なんて呼ぶんだろう。意外と実用書になるのかも)書というのはほとんど読んだことないわけで、今度、紐解いてみようかな。
モンドトラッシュといえば、1つはジョンウォーターズのくずのような映画の題だし、ハーシェルゴールデン(ゴードンかも)スミスの濫作群のようなどうでも良い映画群だし、たとえばここで紹介されているサムシング・ウィアードの映画とか。
世界の屑なのか、屑の世界なのか、なぜモンドなのか、ル・モンドが泣いているぞとか。
ぐだぐだ書いてますが、えーと、本日のリンク元にFQDN修飾がない単独のホスト名が残っていたら、そしてそれがモンドのトラッシュなら、もしかしたらそれは私の仕業です。ごめんなさい。
#本当はここでtDiaryの設定についての記述を入れる予定だったが大抵埋め込んでしまった場合、相手はtDiaryじゃなくてはてなだったから、これはわからないので口をつぐむことにした。
12日にポインタを出している宇宙日記だけど、こういうのありなのかなとちょっと考える。
Q その待ち時間の間、「のぞみ」は何もしないで 太陽の周りを回っていたのですか?
A ただ飛んでいるだけでは面白くありません。(後略)
いささか、乱暴な言葉に過ぎる気がするぞ。面白いからで国の予算を使うよな、と突っ込みたくもなるじゃないか。
そのいっぽうで、そうだよな、ただ回らせてたってつまらんよな、と同感したり。
つまりだ(適当な例だけど)、
Q: kshじゃなくてRubyで実装したのはなぜですか?
A: ただ機能を満たすだけでは面白くありません。(後略)
って言ったら、普通は、次の仕事はなくなるわな。
A: *という機能を効率的に実装することと、*に予定されている機能拡張を考慮した場合、kshでは*と予想されますが、一方Rubyでは(後略)
とか言うんじゃないか?
というわけで、やっぱり面白いな。
Eolasのコンテンツ自動実行が特許を取れるならば、HTMLのレンダリングエンジン+DOMの操作言語の組み合わせで実行可能なアプリケーションとするというのも特許を取れるのではないか、でそれを取った第2のEolasにぐにゃぐにゃ言われると、コントロールパネルから何から全部巻き込まれる、それは耐えがたいという防衛的特許だろうとは想像。もっともきっかけが防衛のためだろうが武器は武器、気に食わなければ攻撃に利用できるのが特許。(逆に言うとクロスライセンスに含まれれば、そこら中のOSでHTAが使えることになり僕は嬉しかったり―でもそこら中というのはSolarisとMac OS Xくらい―あ、SCOの何かも含むかも―だろうという罠)
_ くまりん [ご指摘ありがとうございました。言われるまで全然気が付かなかった]
マルクスを学ぶのならマルクスを読め。エンゲルスやカウツキーやプレハーノフは読むな。解釈を読めば解釈者の色眼鏡の色がつく。いずれにしろ色がつくなら、自分の色程度にしとけ。(というより、元の意味はエンゲルスやカウツキーに対する――俗流という――批判なんだろうけど)
論語読みの論語知らずという強力なカウンターパンチもあり、
群盲象を撫ぜるという現象も良く見られる。っていうか、マルクスってのは題材だなぁ。 というわけで、
すごく情報が少ないんですね……
今日(昨日か)は木に登るところを見られた。しかし滑空はだめだめ。
注)上っ面だけの放言なんで鵜呑みにしないでください。しかも、まとめてないし、推敲もしないから読みにくいと思うし。
EAの階層構造(ビジネス―データ―アプリケーション―テクノロジ)って、士農工商(マッピングを正確に行うと、士農商工のような)みたいだな。
データ(概念DBであって、RDBかどうかは実は問題ではない)>>>>アプリケーション(抽象的なビジネスロジック)>>>>>>>>実装(実はRDBへのマッピングはこのレイヤー)とか。DOAな人はビジネスと話すから、おまいらは下の2つをやっとけとか。
というか、特にデータ総研のロジックはビジネスと相性が良いんだよね(まず言葉―ボキャブラリー―がビジネスとほとんど一致してるし)。
・システムを一新、大いに結構ですな。でも、帳票は変えませんよね?
・レポート重要ということで
・数字を見てナンボですな。
#ビジネスの本質ってのはなんなんだろう?
さらにDOAと言ってもデータ総研のはちょっと米国流とは違うらしい(米国流のDOAっていうのは、QC->6Σみたいな一種の逆輸入らしいんだが僕にはそのへんの知識は無いので、怪しい)。
で、寿命というのを考えた場合、DOAの主張そのものは正しいと考えられる。特にエンタープライズに進むほど。たとえば、給与の査定方法(アプリケーション)が変化したからと言って従業員を示す概念データそのものは変化しないでしょ? と言われれば、Yesと答えることになると思う。同様に、モルタルにクリックを加えても、概念データにまで影響は及ばないよね? と言われれば、やはりYesではなかろうか。
EAが、変化する部分と変化しない部分の切り分けをつけて、as is(現状)からto be (理想)の情報システムへ漸進的に進化(というよりは改良とか改革だな。進化というのはもっとビジネスのような根底をがらっと変える様子を想像させる)させるための分析(というほど科学的なわけではない。むしろ企業―その後ろの株主―に対するIT投資に対するコンセンサスのための資料)を目的としているわけなので、ここにDOAがまた主導権を取るための分野がある、と注目が(再度)集まってきているのは無理からぬことだ。
で、この流れからいけば、DOAがEAと親和性が高いこと、それは下層のOOPとは独立していること、全部、筋が通っているように見える。
偉そうなこと書いてるけど、僕のDOAに対する知識ってのは
と、1度だけ椿博士の話をある会合で聞いたって程度なんで、その程度のネタですね。
あと、このあたり(DRI通信)を読むとおもしろいかも。もっとも全部読んだわけじゃないからあまり偉そうなことはますますいえないけど。
まあ、このあたりを読むとパラダイムシフトについていけなかっただけなのか? という疑問を持つかも知れないけど、複雑怪奇なエンタープライズアプリケーションをいかに体系立てて不幸なことにならずにシステム化するかということをまじめに考えた先達(しかも学問の場から飛び出してビジネスを立ち上げたという日本では珍しい人らしいけど、実はそのへんも全然知らなかったり)なわけで、敬意を払いこそすれ言ってやるこたないですな。
というか、XPは開発方法論から入って不幸を避けようとして(OO前提)、DOAはシステム全体をどう捉えるかから不幸を避けようとする(既存帳票前提)という意味では、発想の土台が異なってるわけなんだけど。
#で、本日の最初に戻ると、原典を必ず解釈する中間層が入るとまた変節したりするということになったり。
っていうか、この書評群を書かれている方のほうが適切な評価をしてそうだ。そういう仕事だそうだが、これ全部読んだのか……
でも、おいらはシステムを作ってるわけだから読む量が違うのは当然(と虚勢を張る―と付け加えるところがいいね)。
本気でDOAが生きてるとこって、昨日のネタ元であげた事例集に出てきたとこだろうし、適用事例と役割考えるとDOAがどうしたっていう作業自体が1つの企業では20〜30年に1回くらいのメインフレーム総入れ替えといったような大きな案件のときだけじゃないかな。
そろそろ(2007年問題だっけ?)その大きな案件のビッグウェーブが(景気が回復するだろうという予測込みで)やって来るだろうから、そいつに乗ろうとたくらんでる(言葉が悪いが)ってことでしょう。で、どこがたくらんでいるかとすれば、みんなが大好きなあの会社がDOA+の会員リストの最後に出てますな。
ちなみに、J2EEで基幹業務とかはたまに煽り記事が日経ITとか見てると出てくるけど、明らかにこっちはDOAじゃない向きのはずだ。でも現実にはどうなんだろう。このあたりは興味があるな。
いずれにしろDOA+なんて形で盛り上がってることや、上で書いたリストの最後の会員の存在ってのは、メインフレーム交代時期としての2007年問題とリンクしていると考えてもそうハズレじゃないだろうから、実体として年寄りばかりは事実で(だからこその2007年問題)、1番若くて30代ってとこじゃないかな。
僕は、(規模と無関係に)ニッチで生きてるからこのあたりはネタ元と伝聞から想像するだけだ。それと、本当にDOAがどうしたって分野って自分のところのシステムについては口が固いと思うよ。さらに想像すると、雑誌で手法が紹介されてどうした、とかというようにアジャイルに動かないから情報も出てきにくいんじゃないかな。だって、本格的に動き出すのが上場企業のメインフレームレベルのシステム入れ替え時だけだと想像すれば、動く金額のでかさに反した極々少数の案件しかないだろうから、雑誌のネタにすらならないんじゃないかな(失敗すれば動かないコンピュータのネタにはなるだろうけど)。そこからSEが読む雑誌だってたとえばニッキンとかの業界誌の世界になるだろうし。後は日経コンピュータ(ソフトウェアじゃないよ)あたり。そういった狭い世界で、かつ口が固い必要があったりするわけだからDOAな人って某MLってのは知らないけどあんまり公開される場に出て来て発言するってことも少なそうな気がするな。DRI通信にたまに読者からの反響というのがあるけど、どうも語る場を持ってないように見えるんだけど。というか、DRI通信を読んだり事例集を読んだりして考えると、DOAも十分に少数派で、多数はもっと混沌とした(多分、よって立つoriendtedなアプローチが無い)世界にいるんじゃなかろうか。
#あんまりおちょくらないでね、僕は気が弱いんだから。って言うか、ファウラーのBlogをばんばん訳し、DOA+に乗り込み、ソフトウェアパターン勉強会に通う、とんでもないヤツが世の中にはいるもんだ、と感動してるのは事実なんでね。
B-)の独り言から。
って言うか、これを生かすには、フレーム表示をIEが非サポートにするか、フレームのすべてがHTTPSじゃなければ読み込まないとかHTTPのとこをエラー表示にするとかして、サイト作ってる連中を啓蒙しなきゃならんのじゃないか? たとえばStrutsのタイル使ってもいいわけだし、もうフレームは無しということにしたいもんだね。
読み始めていきなり河北省西南とか出て来て????となったのは、臨済ってのを戦国時代の日本の坊さんだと信じ込んでたからだ。
唐代末期の人で、なんのことはなく、春秋戦国から唐に時代が変わっただけでどうも中国の思想から逃げられないらしい。
あまり買う気はなかったんだけど、次のセリフに感じるところがあったので買ってしまった。
わしはもうよい。ここで討死する。お前たちはそれぞれ真似手のない技術の持ち主だ。ここで命を棄てることは決して許さぬ。……お前たちは、主家の滅びるのに関係なく、生きのびて、その技術を駆使すべき筈のものなのだ。侍というものは、ただ、主君のために命を棄て、主家と共に滅びるべき運命に置かれているのだが、忍者というものは、その特殊な技術を保って、生きかわり、死にかわって行くはずのものなのだ。……散れ!
村山籌子作品集〈1〉 リボンときつねとゴムまりと月(籌子, 村山)
の挿絵画家(それもモダーンな)で、玉ねぎさんとじゃが芋さんとか書いてる人(だけじゃなくていろいろなことしてるんだが)が老境に至って突然、書いた忍者小説(長編連作)だ。
これは格闘技の本なのだろうか?
デタラメを言い放って相手が呆気に取られたところを怒鳴りつけ、ビクッとなったことろを殴りつける。ボコンボコンに殴りつける。許しを請えばさらに怒鳴りつける。さらには持ってるものを奪い取って裸にして川に放り込む。流れていくところに小便を振りかけてせせら笑う。藁を掴もうとする手を払いのける。助けを懇願すると、さらに追い討ちをかける。自分で考えろ。そして竹竿で突付いて岸辺から追い払う。昇天したのを見届けて曰く、端的なり。
曹操だったら一刀の下に成敗するところであるな。禰衡は直接斬らなかったけど。
いやおもしろい。
次期VS.NETを使うと認証処理がこんなに簡単というデモ。
ドメインロジックとSQLを読んでいて
すべてのRDBでは、SQL(standard query language)がサポートされている
に引っ掛かった。元のは
Relational databases all support a standard query language - SQL.
だから、standard query languageは普通の言葉として「RDBは標準的な問い合わせ言語――SQL――をサポートしている」ってことじゃないかと思ったからだ。
だって、SQLってのはStructured Query Languageだもんなと、goolgeを引いて確認。でも、ふと気になってstandard query languageでも検索したら、こっちもたくさんある。
中には(Standard .. ou Structuredと)併記しているサイトも。
面倒だから、今後は、SQLで1つの言葉として記述することにしよっと。
#でも、aはついてるし全部小文字だから()に書くのは変かも。最初は()内に用語として書くのはまずいだろう=Structured ...が正しいと思ってた――からコメントしようかと思ったけど、Standardもありなようだとわかったから問題なしということで、ここに自分用のメモとする。
検索結果が過去のある日をさしていても、それは関係なく、今日どれだけ来たかの集計になるわけだから、日記が増えれば増えるほど検索に引っ掛かりやすくなり、本日のリンク元が増えてくるわけなのか。
どうして本日のリンク元から検索サイトからのものを非表示/棄てにする必要があるのか不思議だったけど、さすがに実感としてわかってきた。
とは言え、それはそれで面白いんだが。それにしても思春の森はコンスタントに来るな。あと、なぜ一昨日あたりからBITSのGUIDが検索されるようになったんだろう? 一昨日、フランスでPDCでもあったのかな?
追記:寝ぼけてますな。1クリックなら1人なわけだからフランスでBITSの開発/障害対応/調査しなきゃならないやつが1人いたというだけのことだな。
偽装を見破るってURL隠しを受けてのコンテンツなのか。そりゃだめだめだ。
追記:こっちかも。成りすました Web サイトか見分ける手順について。
追記:やっと前後関係がわかった。今週のSecurity Checkで指摘されているのは、上の「偽装を見破る」でリンクしたほう。で、この内容はだめだめだが、あくまでも一般用だからおいておくとして(かどうかは知らないけど)KBにまともな情報を載せたのが上の追記のほうだ。
#リンクをドラッグアンドドロップで別に開いたIEのURL欄に落とす……これは自動で飛んでくからだめだな。しかも、javascriptで確認するってのは、ActiveScriptを無効にしていれば最初から使えないわけだし。
あなたの前世チェックをなんかで見てやってみたら、道楽100%だったわけだが(多分、スラドの誰かの日記から。当然、その人も)、そのあと、複数箇所で道楽100%なのを見届けたわ。喝。
誰がやってもそうなるんならいいけど、ソフトウェア頭な人達の共通項だったりすると「人生、道楽だから安くても良いよね」というアニメータとか漫画家さんみたいな安価重労働(既にそうかな?)まっしぐらでしょうな。
ドメインロジックとSQLを実行可能にしたもの。
D:\temp>ruby tscript.rb
John: 11, 12
Mary: 10
D:\temp>ruby domain.rb
John: 11, 12
Mary: 10
だからどうしたと言われてもちょっと困るけど。ちなみに、複雑SQLのモックを作るのは面倒になったのでやめた。
正直なところ、同時期に太田出版から出た松本次郎があんまりにすごいから、同傾向の憎いヤツはいないかとか思ってなんとなく買っている(3冊か)のだが、そんなにはかってない。けなせば陳腐ということだ。ただ、なんというか、吉田秋生をもっとリアルにしたような不良少年(というとクローズとかを想像されると違う。非行じゃなくて不良。外部に向かう暴力ではななく内向する暴力)の描き方がうまいと思ったな。
追記:なんで吉田秋生なんだろう? アキラの金田とかのほうが適切なんじゃないか? でも、それは今気付いたんであってそうは取れなかったんだ。多分、リアリティが(上ではリアルという言葉を使っているが)ないんだろう。アキラの場合は構築された世界にリアリティがある。ところが構築された世界にはリアリティは無い。リアリティが無い世界にリアルな人間がいるんだがやはり浮いている。そのへんの危うさは出れば買う程度の水準に達しているのだと思う。ちなみに、まったくエロティックだとは(太田出版の惹句に反して)感じない。たまたま美容院かどこかで読んだ雑誌に載ってた社会不適合者の穴が妙だったので引っ掛かったという要素が大きいだろう。最初から単行本の形だったら手にも取らなかった可能性も大きい。
しかし、松本次郎とか田村マリオとか岡崎京子とか、子供の手に届かないところに置かなきゃならない本ってのは厄介だな。これが鉄人とかだとまったく問題なしなんだが。
男と男の間にITがある。
で、回避するには、自分のブックマークにamazonとか楽天とかシティバンクとかを入れておいて、必ず、そこからまたは手打ちでしか行かなければ良いというだけではないかと。
というか、思うんだがALTTITLEで"安全銀行でーす"とか書いておけば平気でクリックして(ステータス行も見ないだろうけど、まあ、そこはスクリプトで上書きでもいいけど)、しかもアドレス欄なんて見ないって人がカモになるんじゃないかな。いずれにしろアドレス欄の修正が必須なのは間違いないとしても、良くあるアドレス欄を消したポップアップウィンドウそのものを(JavaScriptのバグとして)無かったことにしない限り、どうしようもないんじゃないかと。
あと、同じくJavaScriptのバグとして無かったことにすべきなのは、アンカータグ上にマウスが来たら無条件にステータス行へのスクリプトからの介入を一時停止させてURLを表示するようにすることだな。おそらく、正しい使い方をしていればTITLEによって代替可能なはずだろうし。
購読者じゃなきゃ読めないページとそうじゃないところが混在していてなんだか良くわからないんだが、
2007年問題を機会に変えようぜ、という読者の声に偏重(記者はそれをモデレートする役回り)とか(このフォーラムってのはどうなんだろ?)、OJTだけじゃだめでしょうの出だし部分(本文は買ってね)とか。
こういうコンピュータの世界と、たとえば同じ日経BPでも日経ソフトウェアに描かれているコンピュータの世界って、どうも異なる世界らしいように感じる(端的には、COBOL界のマーティンファウラーとかケントベックとかって知らないでしょ?でも、きっといるはずなんだよね。あれだけ歴史と事例があるんだから)。ひとつは、技術者の囲い込みの問題というのがあったはずだし(なければ、2007なんて数字は出てこない)、逆に技術者側は秘伝として隠匿しておくっていう生き残りの方法論−かつシステムごとにプロプラエタリだから他所では通用しない/他所へのノウハウの流出の禁止という可能性も事実あるのかも知れない−が普通だったんじゃなかろうか。侍ですな。
たとえば、退職金の標準額を非常に低い水準としておき、同業他社、あるいは同業種あるいは、他業種であっても同部門への転職の場合には、その低い水準しか支払わないという、企業側の囲い込み方法というものもありそうだ(もちろん、普通に転職する場合には、当然のように上乗せがある)。
で、そういう世界には、方法論というのがあり得ない(いや、ウォーターフォールがある! っていうのは設計とプロジェクト管理がごっちゃになっている)のではないかと思うというのが、DOAですら少数派という考えの元になってるんだけど。
ただ、それじゃいかんだろうというのが、日経コンピュータの世界のほうにも吹き始めているのかなとか。
海を越える通りすがりの件だけど、どうもWindows版(とは限定しないけど)Gecko/20031007、Firebird 0.7のバグっぽい気がする。ちなみにメソッドはHEAD。
でも、ブックマークに言及したタイミングだし、僕もFirebirdを(Linux上では)使ってるわけで、ああいう形で便利なプラグインとして教えてくれた可能性もあるし、たいていの場合、Referer漏れって検証が厄介なので確認する気にもならない。
というわけでどう考えても腑に落ちないRefererが記録されていたら、気にしたほうが良いかも。もし、それらがGecko/20031007, Firebird 0.7で共通ならバグだから修正すべきだろうし。
追記:「Referer漏れ」というのが正しい言い方かどうかはわからない。でも微妙に脆弱性のうちだとは考えられる。
追記: なんで今見ると消えてるんだろ? ――100個を越えたから追い出されたのかな?
結局インストールしてみた。なかなか便利かも。で、ブックマークからチェックするとRefererがあのスレッドになるわけね。納得。かな?
ょゎさん曰く冒険活劇とまでは思わないんだけど、でもRHGを読むこと、それは確かに、冒険なんだ。
そりゃ世の中にはakrさんのようにすごい人がいるわけだが、多くの僕たちはそんなにはすごくはない。あるのはせいぜい、向上心とおもしろいものを見つけ出さずにはいられない探究心とといったものだ。
RHGのおもしろさは、プロの研究者ではなくアマのrubyハッカーの代表者の青木さんが、そんな僕たちのために水先案内人となってRubyのソースコードへの冒険の旅に出る、まさにその点にあるんじゃないだろうか。
たとえばロビンソンクルーソー。彼は生き残るため(いや、むしろ紳士たる自分の生活を孤島に取り残されてもなお保つため)に知性を駆使して孤島を切り開いてみせる。これは、プロの冒険家によるサバイバル「術」の本とは異質のおもしろさなのだ。そこにあるのは「術」の解説ではなく、次々に出てくる乗り越えなければならない難関に対して、1人の人間が知恵を巡らせ挑戦し、そして乗り越えていく「過程の記録」だ。
青木さんはソースコードを解析するためのツールの収集から始める。いきなり無人島に流されるのとは違うから、入念に準備をし、必要な知識を蓄え、そして旅発つ。そして全体を見渡し、分析し、戦略を練り、そして順番に挑んでいく。これを冒険といわなければ、何を、現代において、冒険と呼べるだろうか?
しかも、RHGがロビンソンクルーソーよりも圧倒的にすごいのは、それが小説ではなく、技術書だという点だ。つまり、その冒険の対象となったソースコードを僕たちはコンピュータのモニター上にいつでも引き出して、同じように眺め、そして同じように挑戦することが可能だという点だ。だからこそ、RHGは、21世紀を迎えた人類の冒険の新しい姿を記した、正しく歴史に残る金字塔だと言えるのだ。
referer-antibot導入。
チン氏を調べた担当刑事は「チン氏の体から異臭がして調査がやりにくかった」と語った。
でも、これがコンピュータ室とか開発室だと違う評価が待っている。
除隊するやいなや
あ、徴兵制なんだっけ。恋恋風塵。
ファウラーのPoEAAとか読んでると(例であって、別にファウラーがどうしたってことではない。むしろ、多層アーキテクチャについて、といえば正確かな)どうしても気になる言葉がある。
それがもちろん、ドメインなのは、見出しを見れば一目瞭然。
僕にとってドメインとの出会いは、小学生じゃないと思うから中学生のころだと思う。
Le Marteau Sans Maitre / 7 Haikai: Boulez /(Boulez / Messiaen)
こんなのしかAmazonでは見当たらないが、ドメインは最初に(以降、ネタが既に散逸してしまっているために、固有名詞はすべてウロ覚えなので誤っている可能性が高い)、ミシェルポルタルがクラリネットを吹くあのドメーンヌ(と女性形だったような気がするんだけど、やっぱりドメイン(っていうかドマン)かも)か、さもなきゃCBSから出てたルマルトーサンメートルのアンサンブルドメーン(というか、上のAmazonからの引用がそれだとしたら、でも英語になってるからなわからんし、確か収録されていたのは本の書だったような気がする)か。ドメインミュージックという英語も記憶にあるが、それはなんだろう? カタカナでグーグルしても全然、違うものしか出てこないし。
で、ドメインという言葉の心象とそこから確立された概念は、場(磁場のように何事かが発生する場所―ただし広さ/位置を持つとは限らないため「場所」というよりは単に「場」)、それはマージナルな(複数の異なる「何か」が重なり合うギリギリの)場、であったり日常的な場から1歩異なる次元に形成された場、前衛(が立脚する場)−と書いてびっくり、前衛なんて言葉があったねー、意思の力で構成された音がぶつかり合う場、といったようなもんだ。
早い話、ドメインという言葉を目にすると、円形の客席を囲んだスピーカーからミシェルポルタルのクラリネット(本当にポルタルはクラリネットだったっけ? なんか違う人と間違えてるような気がするんだが)の音がそこら中から聞こえてくるんだ。
てなことを考えながら『参照点』を読み返してみたり。
100万番台とは……そんなもんだよね。
意味なく、しかし、この場のコンテキストを意識した抜書き。
ストラヴィンスキーや彼の世代の人々は、様式/コードの犠牲者だったのだろうか?
この章では、様式という日本語は、スティル、モード、の2つの言葉の翻訳となる。上で/コードと記述されているように、区別はあるもののコードも様式のうちと考えても良い。
もはや思想は様式を産み出さない――様式が思想を課すのだ。
この言葉は、しかし、現実に、その意図した内容を写像すれば、次の言葉に変換できる。
もはや設計はコードを産み出さない――コードが設計を課すのだ。
というように見ていたら出てきたがドメーヌミュジカルをIRCAMの前に作ったという記述があるから、ドメーヌミュジカルをアメリカのレコード会社がドメインミュージック(確か、ドメインはRCAだったはずだ)と訳したのだな。
では、ドメインとは何?
追記:気になってスタンダールを引いたらdomaineはドマンヌだな。しかし常識的にはドメーン(ヌ)と読みそうだ。スタンダールは絶対じゃないが訳者も絶対ではない。普通は江戸ッ子と同じでaiはエ(−)なんだが(itainaはイタイナじゃなくてイテーナ)、main(マン)と同じ発音らしい。掌と言えば、孫悟空が逃れられない釈迦の掌が思いつく。あれは確かに場だ。
PoEAAなら9語だ。
Logic that is the real point of the system
とすればだ――と考える。ビジネスロジックのことだな。
ここで、別の疑問が持ち上がる――で、ビジネスルールは?
粒度が異なるってのが正解だろう。
ビジネスロジックは複数のビジネスルールによって振る舞いを規定される。
では、ビジネスロジック=ドメインか?
ここで、さらに疑問が出てくる。
トランザクションスクリプトとドメインモデルの関連についてだ。特に貧血症。
トランザクションスクリプトはフローチャートみたいなもんだからある意味わかりやすい。で、そのチャートの入り口から出口で1つのビジネスロジック。内部の個々のひし形やら長方形やらがビジネスルールだ。
ドメインモデルは、ドメインをモデル化したものだと考えてよい。名は体を表す。
そこで、奇妙な言葉に戸惑う。ドメインメソッドだ。ドメインメソッドを実装するのはドメインモデルのProductではなかったか?
プレゼンテーション層あるいは多層化された場合のコントローラ層から見た場合、それがトランザクションスクリプトであっても、それはドメインメソッドなのではないか?
すると、別の考えが出てくる。トランザクションスクリプトというのは実はドメインではなく、プレゼンテーションとドメインのマージナルに位置するコントローラ層なのではないか? トランザクションスクリプトとはドメイン抜きで直接データソースをいじくるパターンのことを呼んでいるのだろうか?
でも待て、Transaction Scriptは次のように始まる。
Organizes business logic by procedures where each procedure handles a single request from the presentation.
これは間違いなくドメインのパターンについて記述しているのだ。
というようにちょっと迷ってから、1歩退いて改めてPoEAAを見れば「P」って書いてあること、最後に「A]と書いてあることを思い出す。実装および実装に直接結びつく設計と、アーキテクチャパターンは切り離して考えなければならないことに。
ところが、説明するためにはコード例が手っ取り早いために、アーキテクチャパターンの説明であるにもかかわらず実装が出てくるので逆にわかりにくくなるのだ。
しょうがないな。
っていうか、いつの間にかメッセージングのやつも出してるよ(メインの著者じゃないようだが)。
サーガトランザクションとかロングトランザクションとかについても書いてるのかな?
しかし紛らわしいな。
よりちょっと安いからソフトカバー版なのかと思ったよ。(追記:会社用にもう1冊買おうかと思ったんだったり)
ちなみに歴史的事情から、僕はキュードトランザクションが好きなんだけど、それだけに、買うかどうかは微妙だな。
1999年にバッチ処理にトランザクションスクリプトではなくドメインモデル(で合ってるんだろうな)ってのは大したもんかも。
つい買ってしまったわけ(顔が伸びたデーモンがモニターの上にいるわけだし)だが(iMacはこのさい関係ない)銀地黒は本当にレアなの?
そりゃ助田さんだ。その意味ではRubyとの出会いがきっかけではあるのだが、助田さんがRubyUnitを題材とした本を書かれていて、それに乗る形になったのがXPとの出会いだったのだ。
もっとも、極道編はXPの本というよりはテストファースト(という手法。この時点ではまだTDDとは言わなかった)の本なのだが、なぜか帯にはしっかり
RubyUnitでeXtrem Programmingを極めろ
なんて書いてあって、確か助田さんはそれはちょっと違うんだけど(ネゴシエーション)まあいいかあというような感じで、日本で最初に出版されたXPの本となったのであった。
で、さらにいろいろ考えて見ると、石井さんの功績も非常に大きいのだと思う。というか、どうテストファーストを実践するかのノウハウという点に関して石井さんのコンテンツはとても価値があると僕には思える。以前、Java Worldの巻末特集に石井さんが書かれたJUnitの活用方法についての記事があったが、これも非常に良かった。
やっぱり、実際に使っている人間の言葉は重いよな。
で、自分のことに戻ると邪道編が2000年の7月に終息したから、したがってXPを知ったのは1999年ということになる。
(まあ、ここでの話題とは一見関係ないが、一応、貼っといてみる。WMIを使うとことかは今頃になって有効に読めるかも。ただしRuby側がちと古いけど)
で、ここから回想に入るのだ。
1994年がWindows95だとすると、Win32cを実装したNTはNT3.51で、ここからSTAという方法でCOMのマルチスレッドでの利用が可能となったわけだから(=まともに使える−−わけないんだが−−インフラとして)、大体そのあたりから、僕はCOMを使った開発を開始した勘定になる。
でインターフェイスドリブンなオブジェクト指向の日々に入っていって、だんだんわかってきたことがさすがに1999年には溜まっていた。
それはたとえば、API(インターフェイスでも利用プログラム界面でもいいんだけど)重要とか、動的なロード重要とか、そういったこと。今じゃ常識の感もある実装継承は難しいとか、再利用性は神話ですな、とか。そんな中の1つに、もう設計についての文書は不要だな、という実感もある。早い話、APIだけ決めれば後は放っといてくれ、というか、ソース読めというか、そんなところだ。――これはミドルウェアだからAPIなわけで、もっと上層なら要件定義ということになるのだと思うのだが。
理由はたくさんあるが、Windowsの比較的新しめのインフラ使うから、毎日がバッドノウハウの探索と発見の連続で、プログラム作る前にどう作るかなんて決定できねーよ、というのもあるし、幸か不幸かCOMはインターフェイス継承しかないから内部構造は実装側で工夫の余地があるわけで(このあたりでストラテジとかフライウェイトとかメメントとかの再発見をしたりするんだが、それでもシングルトンとかファクトリメソッドパターンとかは自分で発見しなくてもどこからか仕入れて使ってた。とは言えGOF本買ったのは第2版-1999-からだからその時点ではGOFを読んだのではなくおそらくMSDNのアーティクルから仕入れたんだとは思う)で、ご多分に漏れず外側のインターフェイスで合わせとけばいいわけで内側ではリファクタリングかけたり……だがここにはテスティングフレームワークが無かったのであった。しかし、それはこの時点ではまだ問題を発生「させて」はいても、気付いてないんだからまだ問題ではない……というわけで、APIの文書作るから後は放っておいてくれ、でなきゃやってられないよということになるのであった。
だってさ、MSDN見てこのAPI群使うぞと決めて実装すると、実はタイミング依存のNT3.51のバグを突付いて、結局全然違うAPI群を使うように大改造(だから、TDDというような発想がないから一応動くようにしてからテストするんだって)でも、インターフェイスは同じだからOKね、とかが山のように出てきたら馬鹿馬鹿しくて設計書とか書けないよね。だから完成してから書く? と言ってる間にまたWindowsのバグを突付いたから(ただし実は4:6くらいでこっちのバグ――大抵はAPIの使い方の間違い――のほうが多かったり)修正ですか、そうですかな状態なわけだから、書かないで済ませられるのはなんとなくそういったことだ。とは言え、実際に書かないわけにはいかない(文書の提出義務とかあるわけだし)ので最初にインターフェイスと機能の上っ面だけを書いて、データフローとかつけといて(ミドルウェアではこれは結構重要だったり)、あとは何も無し、インターフェイスの内側は実装時に決定という書式で押し通すことにした。それが設計書かといわれると機能設計書+インターフェイス仕様書ではあっても、実装については何も書かれていないわけでちょっと怪しい。要求定義メイルストロームを見ると、要求定義書群−機能要求+機能定義を書いてるだけじゃんということであるな。
で? そう、この状態にテストファーストとペアプログラミング、コード共有を追加するとほぼXPなのだ。ミドルウェアを利用するアプリケーションプログラマーとは否応なくオンサイト顧客、計画ゲーム、生々しいメタファ(じゃなくてずばりそのものだけど)、絶えざる修正(継続的インテグレーション−−バグ修正だけじゃなくて、今度はこれしたいあれしたいという要望は出てくるわけで。で、ふんふんと聞きながらAPI仕様としてまとめてそれはその場で文書化−−たまに手戻りするがパラメータの追加とか−−大した問題ではない)、設計の改善(何しろ、頻繁に修正が入るわけだから、これやっとかないと死んでしまう)、シンプルデザイン(いきなり大きく出るとWindowsのバグを突付いたときに即死だ)、小さなリリース(アプリケーションプログラマーが待ってるのだ)……
で、とりあえあず、今は立ち位置を変えたが(コードの共同所有ってのは職人技が必要な領域だと難しい(気難しい?)ってのはあるよな)、これに無事、コード共同所有とテストファーストを付け加えることができたと思いきや、ミドルウェアだけじゃなくなったもんで、設計書のいんちきがばれていろいろあったりしながら、もうすぐ今年も終わりですな、と。
で、なんでこんなことを書いているのかというと、設計書書かないしねに疑問を感じたからだ。
おまいさん、プログラムを開発したこと無いね? なんてことがないのは他の文書を読めば明らかだ。でもここで書かれている設計書というのが実装寄りの、つまり、僕が書いていられるかといって棄てたやつのことを指してるってのは誤読じゃなさそうだ。本当は、XPを見た時に僕の反応と全然違うから(でも、他の文書を見るとむしろものがわかってそうな人だし)どこから温度差が生まれるのかを考察するつもりだったのだが、いろいろ書いているうちに別のことになってしまったのであった。
でも、標準APIがあり、デザインパターンがあり、外部とのインターフェイスが決定されていれば、なぜ設計が必要なのだ?
というか、UMLスケッチってのは場合によってはするかも知れないけど。というかしてるが。でもそれはソースになった時点で廃棄だ。どうせその後変わるんだから。このあたりについては別の形で文書化したから、そっちをどうぞ。
後から読む人間に対してはクラス名にXxxxStrategyとかXxxxFactoryとかXxxxxSingleton(とはしないな。見りゃわかるからか)、XxxxStateとか付いてりゃわかるだろうし、わからんやつには触らせたくないな。でも、DecoratorとつけるかProxyとつけるかDelegatorとつけるかは未だに定説がなく、面倒なんでSAXからいただいたFilterで統一することにしたり。というようなのはコーディング標準だ。
まとめると、というか、とりとめなく書いているから最初の予定と全然違うことを書いているけどいいや。何しろ今日はシメトリクな1221な日だ。
遥か昔、半年くらいCOBOLでプログラム書いたときを思い出す。標準ライブラリが無い。だからビジネスロジックの実装とユーティリティが混在したようなプログラムになる。だから、設計は必要だったように思う。なきゃどこから手を付ければ良いかわからなかったかも。ここではシステムは安定しているがインフラが不足しているため、プログラムの実装に設計が必要だったのだと思う。それにね、COBOLのビジネスロジックって読めないんだ。グローバルな世界だったから。77COBOLだったかな? ちょっと忘れたが。っていうか、COBOLで思い出したが、ある程度の規模のプログラムでフラグ変数すらグローバルだったりすると、設計って必要だ。あれは読めない、確かに。その後はアセンブラだから裸の世界なわけでいろんなものを再発明しながら作るから設計書が必要だった。どんなに小さくてもデータベースマネージャを作ると成ったらそりゃ設計書は必要だ。ソフトウェアライフサイクルも10年以上を見るわけだし。
90年代中半以降は、違う。インフラがあるし、多層化のパターンも(黎明期ではあるがなんとなく)決まっているし、ユーティリティの外出しは明確になっているから、ビジネスロジック(データソースだったり、サービスだったりしても、そのドメイン−−出たー−−なんだからビジネスロジックで良い)に機能を入れればよい。かつ、どのインフラを採用するかはギャンブルだから事前に固く設計してもしょうがない。したがってプログラムの実装について事前に設計することは意味を持たない。メンテナンスの時? 多分、その時はWindowsのバージョンが違うからやっぱり意味ないんじゃないか? つまるところソフトウェアライフサイクルも比較的短いってのもある。
00年代。インフラがあり、多層化のパターンも決まっているし、GOFは常識となった。という状況の上で、チーム開発ってのをやることにした。アーキテクチャモデルは文書化した。これは必要だが、実装を縛るものではないし、縛らないように緩める場所は緩めてあるわけだし。インターフェイスはユーティリティとかストラテジのインターフェイスそのものなんかについてはJavadoc化している。で、やっぱり設計書はいらんな。でも書きたきゃ書けば良い程度の緩いルールとしては残しておく。でもビジネスルールの規定をどう文書化するかを怠ったのは反省点かも。
もちろん、1つのファクターとして、年月の推移でこっちの意思決定権がでかくなったから−これやれへいへいから、おら知らねを通して、おまいらこれでやりますがどうですかに変わったってのは一見ありそうだ。でも、多分、それは違うな。あと、今じゃ見ただけでモデル化できるってのはあるかも知れないが、それも重要ではなさそうだ。なぜなら、文書なしでもソース見てばしばし修正してコミットしてるわけだし、現実に。やはりインフラの差だろうと思う。インフラと言えばケントベックにしろマーティンファウラーにしろ出発点がSmalltalkerだってのは関係あるかも知れない。COBOLerからは出てきそうにもないのは言語が利用できるインフラの差ってのは大きそうだ。つまりアジャイル=富豪的ということでどうですか? 少なくても内部的にはインフラとしての知識が必要な気はするな。知恵も含むかも。それはハッカースタイルかな? いや普通のプログラマの勘さえあればすぐに順応できる範囲だろう。あとIDEで補うこともできるし。
でもまあ振り返って考えてみれば、その時代その時代にそれなりのインフラがあるところで仕事してるわけだから、結構、恵まれてるのかもとか。でも来年のことはわからない。ああ恐ろしや恐ろしや。
なんか、妙に個人的なことを書いてるからバカが往くにしてしまうかも。
光についての教室に子供を連れてったら、妙にデッカな車がいっぱーい北の丸公園を取り囲んでるんですがなんですか?
で、入り損ねてしょうがないから九段会館の角を一周してもう一度やり直してびっくり。普段は比較的空いている駐車場がパンパンになってるではありませんか。っていうか、違法駐車も多いし、こりゃ大盛況ですね。
しょうがないから妻子を降ろして泣く泣く1人で家に帰って電車で出直し。
そっか、武道館で矢沢永吉のコンサートがあったのか。
DDJJのパターン特集が1998年らしい(この号はもう廃棄したから確認できない)。それ読んで、そうそうあるあると、ほーなるほどそのテがあったか、の両方があったな。
後、気付いた点:
●プログラム(モジュールと呼んだほうが良いかも)の粒度。
僕が最初のうちに仕事で作らされたトランザクションプログラムについて考えると、COBOLで1本のプログラムは、今現在JavaやC#で組めばストラテジが3〜4クラス、コンテキストが2〜3クラス(これは他のプログラムと共用可能)、コンテキストからストラテジの選択に利用するファクトリで1クラス(実装依存でパラメータ化するかどうかとかで結構変わる部分だが、これも他のプログラムと共用可能)、その他にユーティリティが粒度によるけど3〜4クラス(当然他のプログラムと共用可能)に分割できる(もっと多いな実際は)。
この分割戦略が決定すると、あとは個々のストラテジにはビジネスルールを埋め込むだけになるから、この単位で独立させて開発対象とすると、結局実装についての文書化の意味は無いことになる。しかも、フローチャートが必要になるような構造がもしあれば、大抵の場合はそれは複数回出現する構造となるので、テンプレートメソッドパターンを適用できる。すると、親クラスが(細粒度のビジネスルール抜きで)構造ごと独立するから、ますます、個々のストラテジについてはビジネスルールだけになってくる。(ここはリファクタリングの結果として求めるべきだろう)
このオブジェクトの組み合わせを規定するのはアーキテクチャパターンモデルだから、それはビジネスロジックの実装とは異なる層の話になってしまう。で、このアーキテクチャパターンモデルについての文書は、当然、個々のビジネスロジックについての設計の文書とは異なるものだ。一方、個々のストラテジはビジネスルールの固まりだから機能定義があれば文書として記述の必要はない。そりゃ、パラメータで与えられたAのフィールドBの内容をキーとしてテーブルC(と書くと実装とは異なるわけで、Cクラスのファインダを呼び出してとなるわけだろうが)を検索して……とか書けといえば書けるわけだが、それ意味あんのか? と思うな普通。さすがに今となってはC派生の構文を持った言語であれば誰でもソース読めますな。しかも、パラメータで与えられたAなんてのは、他のストラテジも共用するわけで、すべてについてそんな文書書くのって無駄でしょうとなると思うんだが。
しかも、ビジネスデリゲートとかサービスロケータとか作るわけだし。70年代仕様のCOBOLとかだと、こういう細かなオブジェクト(というかCALL対象のサブモジュール)は作って管理するほうが大変だから個々のプログラムが持つことになるわけだが、JavaやC#だったら当然ビジネスデリゲートとかサービスロケータっていう別モジュールに分けてしまうので、ますます個々のビジネスロジックはビジネスルールだけになってくる。
結局、個々のモジュールは構造を持たない単なるノードになって機能要求の生な点しか扱わないことになる。
こうなると、もうプログラム作る楽しさは、アーキテクチャパターンモデル(とブレーク打ちながら、本当にモデルか? モデルというほどギチギチに決定してないんだからパターンでいいんじゃないか? と疑問も)決めたとこでほとんど終わりだな。
と書いていて思ったが、実際にはそんなことはないのはどうしてだ? と自問自答。そうか、そこにTDDが結合するから単にビジネスルールを並べてくだけでもそれなりに面白いのか(ゲームになるからだ)。それにサービスロケータとかっていきなり作らずにリファクタリングの過程で出現するものだから(と考えているし事実そうやっているんだが、あらかじめ全部モデル化しとくものなのかな)すべてのオブジェクトがアーキテクチャパターンモデル(やっぱりモデルだな。パターンをアーキテクチャへ写像し終わったものだから)に出現するわけではない。というか、こういうのって内装のうちだから見取り図設計図(見取り図はないだろう)には出てこないだろう。
と考えていくと、デザインパターンによる設計、アジャイルな開発方法論、この2つを利用してオブジェクト指向言語で実装していくというのは実に理に適っていると思う。
●例外(エラー)はどうすれば良いのだろう
もしそれが個々のストラテジの内部でリカバリー可能な例外ならそれはビジネスルールのうちだ。そうではなくグローバルに影響するものだったらどうかといえば、ストラテジの呼び出し元で一括処理できるわけなので、例外投げろ−−処理中断しろとなるのだが、このあたりは例外機構が無い言語だと辛いかも。
IBMが作ったレガシーブリッジWebフレームワークをどうにかしようとしている人。
WebSphere+CTGで、CTGの周りにいろいろ埋め込んでるという感じなのかな? などといろいろ想像してみる。
1息ごとになんちゃらってのは八村義夫。じゃなかったか。
友人に「最近おもしろいのない?」と聞かれたのでうーんと考えた末、そうそうおもしろいのあったあったと臨在録を勧める。
−−禅問答なんだろ? とさすがに知ってるが、それは甘い。やはり原典こそ1番だと、言う。
−−たとえば? と聞かれて、おもむろに臨在上人一代記を吹聴開始。
名前を忘れたが偉い坊さんがいて思い出せないから上人と呼ぶことにして、その1番弟子の首座ってのがいる。そこに臨在が小僧として入門してきたんだ。
−−ふむふむ。
首座がしばらくして臨在に目をつけて上人に報告した。みどろころがありますよ。そこで上人が臨在を呼び出した。臨在がいきなり上人に呼ばれたものでどきどきしてると、上人はぼかすか臨在を袋にして堂から投げ捨てた。
−−えー?
しばらくして傷も癒えた頃、またまた臨在は上人に呼び出された。今度は堂々と、仏法とは? と切り出してみた。
−−なるほど。
いきなり上人、殴りつけると堂からつまみ出した。
−−……
しばらくして傷も癒えた頃、臨在は隣の山の偉い和尚のところにお遣いに行かされたんだ。で、そこの和尚はやさしい人だからキズだらけの臨在を見てははあと悟って優しく聞いてやった。「修行は辛いかね?」
優しい言葉に臨在、こらえてたものが噴出して、泣きながら和尚に、「これこれで殴られるんです。どうしてなんですか?」
すると和尚、「ああ、上人は優しい人だからな」
それを聞いた臨在、いきなり大悟した。
「そうか、上人は端的なのだ」
それを聞いた和尚、いきなり撥を振り上げると臨在をボカスカ殴って、「さっきまで泣いていた小僧が端的とは何事だ。この口か、こに口か」そして寺の修行僧に言いつけて臨在を簀巻きにして山門から追い出した。
−−それ、お前、作ってるだろ?
うんにゃ。これが禅なのだ。こうやって鍛えられた一派が少林寺になるんじゃないか。
−−なるほど、少林寺とかあるしなぁ。しかし、どうもうそ臭いな。
喝! で、ボコボコにされた臨在は上人のところに戻って復命したわけだ。すると上人、臨在に、で和尚は何と言っていた? と聞いたんだ。すると臨在、いきなり上人を殴りつけて、「お前のせいで殴られたぞ、この糞オヤジ!」と吐き棄てると去っていった。
それを見送りながら上人が、「おお、あいつも大悟したか」と言うと、横にいた首座がいきなり上人の横面に強烈なビンタをかまして「このオヤジ、何、寝言をほざいているか、この甘ちゃんめが」で、さらに殴る蹴る。
上人逃げながら、「おお、確かにお前の言う通り、ちょっと気弱になっていたわ」
−−で、本当はどうなんだ?
何が。
−−臨在録。
今話したようなもんだ。
−−うむ、一応、読んでみることにしよう。
1人折伏したわ。
追記:戸塚ヨットスクールでつか?
とりあえず、ヘルツォークがおもしろかったのは驚きだった。
余分な脚本を作らなければそれなりの腕があるんだなと。
それにつけても寺山修司のように全体を分割して異なる内容をやるならともかく画面を4分割するやつはあまりのつまらなさに仮死状態になってしまった。
エリセ:赤ちゃん。手が上。ハート型の染み。母親。腕時計を描く少年。チック。草を刈る。ブランコ。パンをこねる。赤ちゃんの服に名前を途中まで刺繍。ソリティア。国境の旗についての新聞。日付を強調しているのだが。染みが大きくなる。時は流れる。草を刈る。腕時計。ブランコ。ソリティア。子供たちは何してたんだっけな。母親は眠る。染みは大きくなる。悲鳴。死んでしまう。空っぽになる風景。机。台所。ブランコ。刺繍。皆が取り囲む。臍の緒を縛りなおしてるのかな? もう大丈夫ですよ。母親が抱く。父親が自分の子供に名前で語りかける。刺繍に名前が入る。新聞の色が変わる。
ヴェンダース:車。ロックンロール(さすらいを想起)。診療所は休み。12マイル。車飛ばす。追い抜く。ドライヤーのフェリーを想起。トレーラーで待つ。クッキーを食った。大人用と言われた。(独白だっかな?)ハレーション。ロックンロール。一緒に唄う。手を振り上げる。携帯。圏外。つながる。医者に連絡。胃を洗浄。だんだんストーリーが見えてくる。ハレーション。スピード。風車。たくさんの風車。巨大な風車がたくさん。一瞬ルームミラーに映る死神。のようなメークにした主役の顔。交差点。結構怖いぞ。(もっと前だな)。停車。ワゴン。何かを持って乗り込む。運転しているのは若い女性。怖がる。医者へと伝える。運転しているのは若い女性なのか中年の女性(妻?)なのか。良くある患者視点の医師達。目覚めると女性がいる。礼。ケイトと名乗る。おしまい。
最後が説明的なのはなぜかわからないが、相当おもしろかった。幻覚ドライブといえばフェリーニ。見たことないけど村上龍のメスカリンドライブ。しかし直接的には距離と時間、死との競争って意味では多分ドライヤーかも。関係ないかも。
チェンカイコー:無いものを運ぶ。落とす。でも実はある。
ゴダール:奇跡の丘を見てアンナカリーナが涙をこぼす(ように見えた)
ジャームッシュ:あまりの遅さにグールドと知れ。
頭がベルトリッチ、お尻がゴダールってのは意味があるのか? (間がほぼ全滅だからかな)
マイケルラドフォード(知らんと思ったが1984は見たな):家族には会わないぞ。最初に言ってるんだから当然、知っているのだ。だからミライになっていてもとまどまわない。家族には会わないと言っていたのに、タイコバシを渡って過去を訪問。女。待ってました。老人。許してくれ。パパ、愛してるよ。タイコバシを渡って戻る。また宇宙へ。これについては解説はすべて間違っている。あきらかに監督を含めて、浦島効果(だっけな)は前提となっている。意外な拾い物なのはきちんと撮っているからだ。
イジーメンツェル(知らん):両側がもう少しおもしろければじっくり見たいところだが、仮死状態になっていたため、ほとんど見られなかった。すばらしく美しい映画。
誰でも中国女を想起せざるを得ないんだが、話の内容はおもしろそうなのに、どうしてああ退屈なんだろうか?
カウリマスキ:もたもたする指輪屋。進行方向に向かって「祖国を見ていた」
スパイクリー:すばらしき民主主義っていうか、ゲリマンダーに続くアメリカの発明のブッシュ弟+ハリスの互い違い投票用紙というくらいで、映画ってわけじゃないな。
_ たむら [祭勃発ですな>SoftEther # 追っかける元気無いけど]
なんだ、スラドにミラー(といっていいのかどうかはわからん)のURLが出てるじゃん。
というのはおいておいて、開発者ではなくその上に当たるとこ(この場合、IPA)に、問い合わせというソフトな表現で圧力をかけると、それによって気をきかせて自粛するというような構造について、どっかで語っているのを見かけたけど、あれはなんだっけな?
透過プロクシって、HTTPSに対してはMITM攻撃と同じことするのかな?
サーバーの位置か。SoftEtherにバグがある、あるいはHubの設定が甘い、あるいはHubを(何も考えずに)解放してしまえば、異なるFW内のアリスとボブが楽しくP2Pしてるところに(HUB経由)、外部のマルローがアリスのオフィス内にFWを越えて入り込んでディスク共有したりできるわけね(アリスのマシンがルータとして機能)。
それは気付かなかった。甘いなぁ。
最悪だな。開発者はどこまでセキュリティを意識してるか怪しく、バイナリーオンリーの公開。ハブ経由でFW内のカーネルモードドライバーに接続可能。NICエミュレータにバグがあれば、カーネルモードで乗っ取り可能。設定がゆるければルータとして内部ネットワークに侵入可能。ハブ自体は適当な個人サイトにポートスキャンしていけば発見可能(たとえば、ここがそうだけど、個人の日記ホストなんか狙い目だよね。学生や会社員が昼に更新してれば、Hubが設置されてる可能性もあるわけだし)。設定が甘ければ接続可能。バグがあれば、Hub乗っ取り可能。
#で、そういうものがあるというのは公知されたわけだし、放っておけば誰かが作るわけだが、そうなると作られた代物がブラックボックスだとすごくまずいわけで、さっさとオープンソースで(WinPCapみたく)誰かが作る。タダだから子供はそっちに誘導されるし、防ぎたい場合は仕様が公開されているから防げる(あるいは監視する)と。ついでだからHub仮想NICのリモート監視装置も作っておけばいいな。でネットワーク管理者は繋いでいるホストを見つけたら、監視装置をつないで、流れている情報を監視。
と言う感じかな。
D:\home\arton\>ruby -v -e "p [2429026496].pack('I')"
ruby 1.8.1 (2003-12-25) [i386-mswin32]
-e:1:in `pack': bignum too big to convert into `int' (RangeError)
from -e:1
D:\home\arton>ruby -v -e "p [2429026496].pack('L')"
ruby 1.8.1 (2003-12-25) [i386-mswin32]
"\300\000\310\220"
D:\home\arton\>d:\ruby-1.8\bin\ruby -v -e "p [2429026496].pack('I')"
ruby 1.8.0 (2003-08-04) [i386-mswin32]
"\300\000\310\220"
vrubyのvr/vrdialog.rb#to_templateで@styleがunsigned int(MSB on)なので。とりあえずLで行く。
....すごい行数なのでcut.... $time ruby runner.rb Loaded suite . Started ................................................................ ................................................................ ................................................................ --cut-- ................................................................. Finished in 113.885452 seconds. 705 tests, 7337 assertions, 0 failures, 0 errors real 2m1.596s user 0m43.350s sys 0m4.170s2倍……
なのか、それとも↑と↓なのか。
……。
っていうか、前提がずれてるっていうか。
void GraphicWizardsLair( void ); //から。(上のは)
#IPv6(いったいいつ来るんだ?)の予行演習とか。もしかして来ないのか? 永遠にNATなのか?
ADO.NET(あるいは従来のADO+SQL*Server7から)をうまく使うと外部キーを含めてRecordSet(というクラス)の1つのインスタンスに見かけ上すべての関連する行が入るから、ドメインモデルだと1つのオブジェクトはデータベース上の1行に対応するけど、1つのオブジェクトに全部集約されることになる(コレクションオブジェクトだから)。もちろん、ドメインモデルでコレクションを作るとしたら、そのコレクションの実装は手作業になるわけだけど、ADOはコレクション化するためのフレームワークだから開発者は非常に簡単。というとこかな。
J2EEブループリントのバリューリストハンドラーパターンを自分で実装しなくてすんで、かつ更新のための機構もあるよ、というと比較的近いかも。
これはツール(この場合ADO.NET)前提のパターンだと思う。
#間違ってはいないとは思うけど、確実に意図を取っているかは別問題なので突っ込みがあればお願いします。
映画ってネタバレとかあるのか? 普通ネタバレで困るものって1回しか経験しないものだと思うんだが。よくわからん。
なんだ、騒いでいるのは一部みたいだな。
でも、中米の映画みたいに、予告編おなかいっぱいみたいなのもあるからなんとも言えないかも。というか僕がプログラムピクチャーばかり見てるから筋は決まってるから気にならないってだけか。
もしかしたらそういうのが有効な場合もあるかも知れない。たとえば現場の工作員同士が血みどろの抗争をしでかしたり衛星国同士が紛争したりするよりは、ホットラインで大統領を出せとか書記長を出せとかやってケリをつけたほうが(本当にあったかどうかはともかく)きっと良かったんだろう。少なくても水爆がバカバカ爆発するようなことはなかったわけだから。劣化ウラン弾とか枯れ葉剤とかはおいておくとして。
で、こういうのがどうやら効果的らしいと政治的人間はすぐピーンと来て、店長出せとか、支配人を呼びたまえとか、頭取はどちらかな? とかなるわけだし。当然のように、ISPへ連絡したり、IPAへ連絡したり。
現場ではAで行こうよ使いやすいしこれに較べりゃBなんて……と決めといても誰かの一言でBになるとか。
で、ふと思う。神に祈るというのはそういうことなのだろうか? 咳をしてもひとり。
#でもホットラインってのはトップ同士なんだよね。それでいくと店長出せはちょっと違うな。
D:\home\arton\ruby-1.8.1\aa\readline>diff -u -p input.c.org input.c diff -u -p input.c.org input.c *** input.c.org Mon Apr 14 16:04:46 2003 --- input.c Sat Dec 27 03:15:26 2003 *************** static int rl_gather_tyi PARAMS((void)); *** 99,105 **** static int pop_index, push_index; static unsigned int ibuffer[512]; ! static int ibuffer_len = sizeof (ibuffer) - 1; #define any_typein (push_index != pop_index) --- 99,105 ---- static int pop_index, push_index; static unsigned int ibuffer[512]; ! static int ibuffer_len = (sizeof (ibuffer) / sizeof(unsigned int)) - 1; #define any_typein (push_index != pop_index)readline.zip内のreadline.dllを<install-dir>\bin\readline.dllと交換。
フリージア 第3集 (IKKI COMICS)(松本 次郎)
伏線とか考えてないんだろうな。なんとなく、この作家は主人公が主人公の論理で行動したら当然そうなる日常を単に描写しているだけのような。それが普通じゃないから(だって出てくる人間でまともな人間なのは、1番役立たずな−−その意味じゃまともじゃないんだけど−−恋人だけだし)なんだか居心地が悪くて素敵なのだが。
なんとなくほとんど全部読んでしまったが、福祉施設の職員だった人らしい人のの思い出話と、定年退職後の職業訓練校の日常。
まるでよその世界の話なのだが、すごくおもしろかった。
一体、何がおもしろかったんだろう?
すぐ気付くのは文章が淡々としてるんだがリズムがあることだ。
次に、思い出話がグチに堕することなく自慢話になることもなく、あったことをあったこととして受け止めていることかな。そのあったことが、こちらの知らない世界でしかも一般性を持っていることかな。
Googleの上のほうで出てきたことを考えると、有名なのかも知れない。それはそうだろう。
という原因が日記としては重要。
プークの12の月のたき火に行った。
桟敷席で見たんだが、目線が特に子供目線で展開される舞台を見下ろすかたちとなるので、見やすくはなかった。そうか、舞台が全部見えればよいというわけではないのか。
5月に至るまでの月の流れに思わず涙したり。
(Googleだと、本家のプークより、上のおじさんのほうが上に出て来る)。
なんか、足跡が僕に見えても良ければここのツッコミでやったほうが良いような気が。
それはそれとして、全然、再現しなくなったんだけど、Windowsの差とか関係ないかな? 僕はWindows2000 SP4だけど。ちなみに、ruby1.8.0、1.8.1とも解決してるけど、他に可能性があるとしたら、コンパイラは? 僕はVC++6SP5。
#まだバグがあるかも知れないし、たまたまVC++6ならOKという可能性があるから知りたい。
#逆に言うと、VC++6でWindows2000(CMD.EXE)でそちらで再現というとちょっと辛いかも。
#ASR1.8.0.x + ReadLine.dll改でも落ちる?
夕張の記憶で思い出してたミレニアムマンボを買った。
ミレニアム・マンボ スペシャル・エディション [DVD](スー・チー)
当然のように、それなりに売れているようでまずは良かった。
裏庭のコンテンツであるべきだがまだまとめる気にもなれないし多分まとめもしないので、概観だけ。
●童年往時
おばあさんの床ずれ。木。蟻。味の素。学生服。
●恋恋風塵
2本目として紹介された作品。郵便屋さん。汽車。酔っ払って屋台でくだをまく。
この頃までは、ブルータス流の紹介が気に食わなかったので、公開時には見ていない。
ここから見始めた。
安楽イスの頭がへこんだ親父。工事中のビルの映画館。総天然色。大パノラマ。そうか、これが映画だったのか。これは騒がれるはずだと、びっくり。藤田敏八の八月の濡れた砂とかをぼんやりと想起するのは服とか画面の質感のせいで、内容はまったく関係無い。
転機だったと思うのだが、夜の暗さが印象的。好きな作品だが印象は薄い。
検便に犬の糞というのはこの作品だったか。これも印象は薄い。
ほとんどデビュー作の唄うヤングだ青春だ教師もの。というか、いきなりこんな技巧的な作品を撮るってことはよほどのインテリに決まっているじゃないか。街角の映画館。ギターを弾いて歌う川辺のシーン(女教師と一緒)。
●悲情城市
国民党の政策をはじめて大声で語ったという歴史的な意味も持つらしい映画。相対的に日本人が良く書かれていてちょっと変な気もする。立川直樹の音楽が期待と不安の入り混じった時代をうまく表現していて誰が見ても納得するような佳作ではある。
僕は、しかし、もっと小粒なやつが好きだなと感じた。
追記:あー、で今並べてて思ったが、この作品はもちろん転機となっているのだが、ヤクザを描きたくなったのかな。ヤクザというよりは、風の旅団というか、好き勝手に生きる、風来坊というやつだ。風が木をゆするのが印象的な童年往時、風がつく町から来たチーマーみたいな連中、と来て、この後があるのかも。
●戯夢人生
傀儡師の親父の一生。実は同じようなテーマ(ただし弟子との交流が主眼となる)不思議な仮面劇の親父を主人公にした中共の映画のほうが好きだったのだが、全然関係ないからどうでも良い話。
というわけで、ほとんど記憶にない。舞台の記憶はあるのだが、確信は持てないな。
●好男好女
奥山プロデュース第1段。伊能静とかいう名前の女優が怒鳴る、叫ぶ、わめくで途中で見るのやめた。すごくうるさくて不愉快な作品。
奥山プロデュース第2弾。第1段と違ってなんとなく方向性が見えてきたのでそれなりに楽しめたが、直接はナイルの娘の路線なんだろうが、部分部分にすばらしく美しいシーン――オートバイ、細長い家での食事、――がある反面、そんなに気に入らなかった。スタイルがはっきりしてきたのでハナについているのかも。なんか、まだありそうだ。
ははは、全然、記憶に残ってないのはなぜ? 寺山修司の上海ドールより遥かにできが良いと見ているときは感じたけど、ちょうど時期的に同じように「花」がでてきて同じようにデカダン趣味に溺れているチェンカイコーのやつがあったから印象が吹っ飛んだのかも。
というわけで、惰性で見てるがそろそろ愛想銀行に貯金がたまってそろそろ満期ですなというときに
●ミレニアムマンボ
あー、またこのパターンかよ。でも、許す。夕張のシーンだけで許す。すばらしい。
ebanさんのほうも修正されたそうなので、そのうちPorting Libraries to Win32に入ると思います。
みどころ:
オリジナル
static int ibuffer_len = sizeof (ibuffer) - 1;
これは、キーバッファがGNUの元のがunsigned charだったのをunsigned intに変更したのに、修正し忘れてる。
僕のやつ
static int ibuffer_len = (sizeof (ibuffer) / sizeof(unsigned int)) - 1;
直っているんだけど、ここでunsigned intという型名を使っているから、今度誰かがバッファの型を変えてこの行の修正を忘れたら、またバグる。
ebanさんの
static int ibuffer_len = sizeof ibuffer / sizeof ibuffer[0] - 1;
なるほど。確かにこれだと以後この行はメンテフリーだ。
で思い出したけど
#define COUNTOF(x) (sizeof(x)/sizeof(x[0]))
とかあったな。(ただしパディングが影響する場合がある?から、常に正しい要素数とは限らないので注意というのをどこかで見たが、僕は実際のコンパイラで異なる値となる実例を見たことはないんだけど)
http://www.bb5.jp/ (別に18禁美少女ゲームがしたいんじゃなくて、うさださんちのリンクをクリックしたら飛んだってだけ)
いきなりJAVAが有効じゃないから、有効にしろ。方法はここを見ろというアンカーがあるページ(error.htm)に飛ばされる。JAVA? まあ、JavaScriptとJavaの差は美少女ゲーマーには関係ないかもと思いながら、アンカーをクリックすると、結構丁寧にIEのオプション設定の説明が出て来る。ふん、こっちにはJavaScriptと書いてあるななどと思いながら読んでいると、JAVAが有効じゃないから、有効にしろ。方法はここを見ろというアンカーがあるページ(error.html)に飛ばされる。JAVA? まあ、JavaScriptとJavaの……無限ループ。テストしてないだろ(というより、デフォルトで無効にしているようなビジターはカスタマーじゃないという正しい判断かも)。
WinZipって、サイズ0のファイルを展開できないのかな?
readline.dllは修正版。
vruby実行用にArray#pack('I')パッチ適用。
追記:うささん、[Changes] 助かります。どうもありがとうございます。
駄洒落って好きなんだよね。
ワカメといってやれ、このオカッパどもめ。
でも、2文目はよくわかんないけど、おもしろい。
レーガンとトルネンコ(あれ? 誰だっけな、フサ派の人)のレスリングを思い出したり。
Relax(Frankie Goes to Hollywood)
なんだか、これの試聴はしょぼいな。
Relax: Remixes 2(Frankie Goes to Hollywood)
こっちは、割といける。しかし、同じネタでたこさん作れるっていうのはリミックスならでは。自分コモンズですか?
追記:チェルネンコだな。
よくわかってないんですが、調べる気もないんですが、無線の内容を傍受して(ここまではある意味不可抗力なのでOKというのは知っている)内容を利用したら×なのはいいとして(ここまでもわかっている)、意図せぬホットスポットを利用して、インターネットへ入ってあれこれすること自体は合法なんですよね? インフラにタダノリしてるわけだけど、窃盗になるとは思えないんだけど、このへんどうなのかな。
そこで、バリバリspam投げたり、どっかのサイトのクラッキングしたら、その場合の足跡はそのホットスポットの設置者になりますな。
この場合、設置者は、どう対応することになるんだろう?
幇助になるのか善意の第三者で済むのか何かの義務違反とかになったりするんだろうか? 内部犯じゃないかどうかは、DHCPサーバーのログとか見ることになるんだろうけど、DHCPサーバー兼ねてる無線ルーターみたいなやつだとそのあたりどうなってるんだろうか? いろいろ疑問のタネは尽きない。
今度は、未開の惑星。
未開の惑星(ほし) (上) (F×comics)(松本 次郎)
未開の惑星(ほし) (下) (F×comics)(松本 次郎)
例によって例のごとく、現実とは無関係な場に生きてる青年が主人公。
ただし、今回は、夢想の世界は夢想の世界として比較的はっきり区別をつけてるから(というより、いつものパターンと違って夢想の世界のほうが現実より人間まともで画がでたらめ――なんか朝倉世界一みたいな)、妙にわかりやすい。いっぽうで例によってひねくれてるから、まともな恋人がまともじゃなくなり、まともじゃない恋人がまともになったり。まともに見える人は人でなしで、まともじゃなく見える人がまともとか。
世界は、おおざっぱに遥かミライのドイツ侵攻中の東欧ってとこだが、でちょっとだけ石の花とか想起したりするんだが、なんというか直接石の花というわけではないだろうが、帯の文句も「コロ、ナオミ、クッキー3人の幼なじみ、それぞれの生き様を壮大なスケールで描く渾身の青春大河ドラマ!!」って、うそつけ。しかし、作家本人はもしかしてすごくまじめにそれを作ってるのかも。と思わせて舌を出してるような。いずれにしろ、最後の8ページだけ読めば、至極まっとうな唄い文句どおりの作品ではあるな。
それにしても、突然、自分のために画を書いたあとのシーンは悪くない。
#もしかすると、本気で、帯の文句のような普通に売れそうな作品を描いたつもりなんだろうか。いや、それはないだろう。と思うんだが。ゴダールだって売れるつもりで軽蔑とか作ったみたいだし。
おまけ
普通に秀作。ちょっとドイツ軍将校の書き方にアニメ入ってるなとは感じるけど、そのへんはアニメの文体を作った1人だ(と思う)からそんなもんかも。
追記:帯の文句はやっぱり編集者が付けるんだろうか。にしてもどっちを狙ってるのかわからないことにかわりはないな。
追記:でもやっぱり売れれば幸福だろうから、帯の文句は額面通りなのかも。いや、おいらが年を食ってるから違和感を覚えるだけで今の青春な人達には、これが普通に青春大河ドラマなのかも。このへん19歳な人にまじに訊いてみたいところ。
というわけでそれなりに早起きして子供とミトンを見るためにユーロスペース行ったものの、渋谷は廃墟と化していて、しょんぼり。
しょうがないので正月くらいグルメを追求と紀ノ国屋でミシュランを購入。
とりあえず気を取り直してこどもの城へ向かったものの、そちらも休業。というか渋谷が廃墟なら青山は原野状態。
しかし当然のように原宿は既に初詣モードに突入してたり。GAPの25%オフでどうでもよさそうなジャケット買ったりブックオフでエヴァーグリーン。年越しの金は持たないを地で行く親子かな。
追記:エコノミストミシュランって死ぬほど読みにくいな。なぜ、こんな本を横組みにしたんだろ? 縦型社会万歳。というか、なにげに太田出版の本が増殖してるな。松本次郎、田村マリオ、大泉……
ジェズイットを見習え |
_ たむら [私も最近気になってます。 でも、Appleとは相性というかタイミングが良くないんですよねぇ。 # 実はお互い好き同士..]
_ むらまさ [ThinkPadで動くMacOS Xがあれば…。といつも思います。]
_ arton [確かにThinkPadというかPCで動けばうれしいですね。でも、確かにAppleがAquaについて知的所有権を云々す..]