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思考実験をしよう。嘘か本当かは知らないが、海外じゃ結構な人達が簡単な暗算もできないそうだ。
でも、僕たちは普通に、「2038円でございます」「ほれ2043円」「5円のお釣りでございます」とか、1円玉で財布が膨らまないように暮らしてるじゃん。と書いた瞬間に、こないだAM/PMで1012円渡したら店員が目の玉見開いて固まったのを思い出したけど。だってぇ、あれ系のぉ、だっからー。でも横に居た見るからにお似合いの男のほうが、「5円だよ、5円」とか瞬間的に判断下してたから偶々とんでもなく程度が低いのにお目にかかったということで。
で、「暗算」ってのは技術だよね? 初歩は10になるように分解することで、そのように実際に出てくる数を計算しやすいように異なる数に分解するというステップを経て処理するわけだから。実際、小学1年の教科書で繰り上がりのところで、この技術を教えているのは知っている。で、その技術は現実に応用がきくから僕たちは使っているわけだ、それを当たり前のこととして。
技術というよりツールというほうが合ってそうだな。
というようなことをアジャイルからスロープログラミングへを読んでなんとなく思ったり。
DELLのPowerEdgeとかいうマシンを使ったベンチのレポートを作成してて、確かH/WスペックはXeon2個だったよなと提出して、ところがバナー見たら4CPUとか出てるじゃん、でもってこないだのウソーっ取り消してみたりして。でもやっぱりデュアルだったんで、やっぱりこないだのはホントーとか。
cat /proc/cpuinfo ですな。
以前買ったまま封も切ってなかったポゴレリチのスカルラッティとか。曲そのものをろくに知らないからポゴレリチだからどうしたってのは無くて、単に流してるだけ。ちと勿体ないかも。しかし速いパッセージとかはさすがだよな。
子供の頃、ワシントンのくだらない逸話を読まされただか聞かされただか、とにかく、斧の試し切りをしたくてつい親父が大事にしてた桜の木を叩っ切ってしまったけど自分が犯人だと名乗りでました、どうこうってやつ。
自分の子供となんとなく話してたらそんな話は知らんというから、こういうくだらない逸話が世の中から消えたんだったら結構なことだ。
と言うのも、親になってわかったが、ワシントンの馬鹿話は子供に正直は善というどうでも良いことを押し付けるためにあるんじゃなくて、親に対して
1.やっぱお前か! (決め付け)
2.大事な木を切るなんてお前に斧は早すぎたようだな (アジャイルな評価)
3.没収だ (約束の反古。っていうか、わかっていて切るほど気に入ったんだろ)
ってなことはやらずに、その行動(木を切っちまった)の重さ(人間を試し切りしたら正直に白状もへったくれもあるわけないし)とその後の行動(白状)によって示された学習を勘案して「馬鹿たれ。まあやっちまったもんはしょうがないし、それより素直に白状したのは結構なこった」と落としてやったほうがいいかもね、と見せるころに意味があったわけだな。
ということは、この話は世の親ってやつのためにある逸話であって、全然、子供のための逸話じゃない。それを子供に叩き込むってのは馬鹿ですな。でも、子供に馬鹿な逸話を仕込むための義務教育ってのはあるが、親に対しては無いわけで、坂口安吾だかが言ったという「親が居てさえ子は育つ」ってのもむべなるかな、とか。
という意味では、子供がワシントンの逸話から学べることはせいぜい、親の行動を見て自分がワシントン化可能かどうかを判断するってことだな。
全部フラッシュでサイト構築したり、徹底的にrefererチェックして捨ててやりゃいいんじゃないかな。で、最初にrefererチェックするHTTPゲートウェイを置いておいて、バシバシreferer元をリダイレクト先にした301とか返しまくる。それでも来るヤツは来るし、大抵は問題ない。
どうして自分で防御せずに、「お願い」するんだろう? どっちにしたって自由リンク派は公道とか鍵とか言い出すんだから、それなりの道筋と鍵をかけりゃいいわけだし。
theatreとtheaterみたいなもんでどちらかが百姓読みなんだろうな。
もしも後期の交響曲を聴きたくなったら、誰のがいいんだろう?
以前、コリンデイヴィスの(確かムンクのジャケット)シリーズを持ってたけど散逸しちゃったし。というか、2番以外全然良い印象は残っているけれど曲の記憶がないなぁ。
これがEmacsですかっていうか、影がきれいなのかな? ページレイアウトがきれいなのかも。まあ、とにかくきれいと感じた。
BSD?
って質問は大抵、意味を持たない。「どうして野球をしない?」「どうして自動車を買わない?」「どうして飯を食わない?」「どうして眠らない?」
というか、最後の2つは生命の根源に関わるから意味があるか。
でも最初の2つは、たまたま訊いてるやつが(大抵の場合)それを好きだから|気に入ってるから|使っているから、質問してるのであって、最後の2つとは全然、レベルが異なる。っていうか、「どうして医者に行かない?」を含めても、食わないと眠らない以外にゃ本質的な意味はないな。もちろん「どうしてキノコを食わない?」は本質的な問いかけじゃないから、食わない?も割と怪しいものだ。
とか考えながら、どうしてBSDを使わないのか考えてみると、しょせん最初に触ったのがkshだからcshに馴染めないとか(って言うと、本質的な問いができない人は「bashだってあるでよ」とか言うわけだが、なんでわざわざ1クッション手間かけてやらなきゃならないのかってことを理解できないらしい。手間をかけないためにコンピュータを使うのに手間をかけたら本末転倒ですな、と言いながら別のところで手間をかけるわけで、なぜ、それは許容できるのかってところがミソなんだろう)、たまたま0.97pl忘れたとかが入手しやすかったとか、SVR4に近かったとかだったり。
むしろデーモン君は大好きで、CRTの上に例の長旅で伸びきった顔をした赤いのが立っていたりするわけだし。
で遡って考えるとJEの存在かも、と思ったり。
と思ってSUPER ASCIIムック#2Linux&BSD(VSじゃないのか)―平成6年10月を見ると、片やインストール記事の割と最初にkonが出てくるのに対して、NetBSDではKanjiHandにさらっと触れてXにいきなりなる(それも結構、後のほうで)。このへんは結構効いてる気がするな。っていうか、この時点でデーモン動かして後は黙らせとく世界と、デスクトップでどうしたの世界に分かれたんじゃないかという気もしなくもない。
なんか歴史は繰り返すと言うか、たかだか平成6年(しかし、実際に記事が作られたのはもっと前だろうな)には
宮川:ただ、ネットワークが理由にあるとしたら、むしろ初心者にLinuxをすすめていいのかという疑問はありませんか?
生越:うちはクローズだから(笑)。
宮川:そうそう、クローズならいいんですよ。IP reachableの環境下にいるときに、恐怖感があるんですよ。
とまで言われていたのが隔世の感ですな。って言うか、これまんまWindowsに当てはまるよな、現在は。デフォルトを変えることになるまでは。
生越:なるほど、IP reachableだとそうなるかもしれない。ただし、今はセキュリティの心配があるにせよ、あまり心配していないんですよ。Linuxって進化は速いですよね。それらはみんな時間が解決する問題だと思います。
預言者ですな。
#っていうか、Linuxのほうがおもしろそうだったんだよね、読んでて思い出したけど。
上で「たかだか平成6年」とか書いたのは、実は現在平成12年だと思ってたからで、6年前にWindows3.1ってことは何が何でも変だな? とは感じてた。
で、いったい今は平成何年かどうすりゃわかるんだろうと、やっぱり出版社とか新聞社だよな、と、まずwww.asahi.comは西暦で、やっぱ右でしょうとwww.yomiuri.co.jpも西暦で、右と言えばあれだよねと、www.sankei.co.jpでやっと今が平成15年だとわかった。10年前のことなのか……ぜんぜん「たかだか」じゃないな。
char buff[21]; strcpy(buff, input_string);とかやってバッファオーバーフローするのが嫌だからというようなことと(cursesのバグとかFACEとか)、iso-2022-jpの話とかをごっちゃにしてるんだろうなという印象を持っていたんだが、半角カナ使用者保護運動をなんとなく読む。というより、実際は全然別のものを検索してるんだから読むなよ。
:set jcode=SCVSにコミットするときのログの書込みとか。
tDiaryが1.5.5になりました。
プラトーノフ作品集をナニゲなく手に取ってぱらぱら見たら、最近まったくお目にかかることがない馥郁たる言葉が綴られていて思わず買ってしまった。そのままタイトルも見ずに最初の作品を読んだのだが、あまりに荒涼たる心象に魂を揺すぶられて心がどこかへ飛んでしまったかのようだ。ラストは本来果樹園によって緑がもたらされる希望で終るはずなのにどうしてこうも寂寞たる思いで終るのだろうか?
清潔な中東の砂漠と質感を異にする中央アジアの粘土砂漠では吹く風もどことなく湿り気を帯びて死者の魂も枯れた湖の底に澱んでいるかのようだ。
だからソヴィエトの官僚は正しく評価したとも言える。ここにはミライへの希望などどこにもなくただ砂漠の空虚さと生きる希望にへばりついてはぼろぼろと剥落させていく固いしかし不安定な大地が描かれているだけなのだ。
とまあ、読んでる最中に一瞬はエレンディラみたいだなとか神話的な話のようにも思ったのだが、そんな豪快なもんじゃなかった。
世の中は広いし歴史は長いし、すげえやつもいるもんだ。
いじりついでにAmazonプラグインを導入してみようと思ったら、アソシエイトプログラムってのに入らなきゃだめだとわかった。まあいいか。って審査があるんですね。
構成はいいんじゃないかな、結構おもしろかった。ネタバレだが泥棒は雨戸を外すって話を思い出した。
お金持ちは庭に面して33間堂みたいな長い縁側を持っていて、そこを16枚とか32枚とかの雨戸で閉めるわけだが、達人は片側の手の平を中ほどに置き、もう片方の手を下のほうにかけて無言の気合とともにきれいに繋がったまま外してしまうのだそうだ。
圏外経由で2ホップ。
を言いまくってるところから本当の寝言へ。
何が寝言かと言えば、rikaibこそが「直感」ってことなのだが、最初に「直感力あるいは総合分析力を無くすための訓練」をしていることを問題視している。前半の論法に立てば、直感が働かないことを問題だと言っているのに、後半はすっかり直感を働かせることを問題だと言い出してる。これが寝言じゃなければ一体なんなんだろう。って言うか、直感なんて言葉を妙な直感力を使って引っ張り出したのがまずいところ。
いずれにしろ、直感ってのは積み重ねないものだ。連続性だけだと何の飛躍も生まれない。だからこそ、もし直感力(しかし、この言葉は妙だな。直観力だよな)を働かせない訓練をしているのなら確かに問題で、それそのものは変な主張ではない。だが、直感力(それにしても変な言葉だ。絶対的に直観と取り違えているんだろうな)を働かせた途端に連続性がどうしたと言い出されてはたまったもんではない。まあ、辞書でも引いてオレ様直感力には頼らないようにすべきだろう。
つまるところ、この人は自分が主張したいことと使うべき言葉に「連続性」が無い。多分、ゲームのやり過ぎで連続性がある文章を作成する能力を失ってしまったんだろう。
というわけで、確かに、こんな人に説教されたら事務所から消えもするだろうな。
ここで直感を働かせずに推論をしてみよう。
1.ゲーム小僧の悪口を言いたい
2.どうも論理的な思考ができない若者が多いようだ
3.それが証拠にすぐ会社をやめる。
4.よし、ゲームが悪いということにしたいのですねな文章でも書くか。
5.ゲームばかりすると論理的な思考ができなくなるし、ストーリーを追えなくなる。
6.ま、待てよ、ゲームってのはシナリオどおりに任務を遂行するわけで、5は変だぞ。
7.よし、ゲームばかりすると直感が養えなくなる。
8.ま、待てよ、ここで必要なのは論理的に考えられなくなると結論することだぞ。
9.よし、ゲームばかりすると論理的な思考も直感も養えなくなる。
10.いいぞぉ、のってきたぞぉ。
11.で、用意しておいた結論を書くとするか。
12.論理的に考える能力が欠如しています。
1と2を一緒に論じようと言うのが間違いですな。
毎日続く単調な作業。
手応えのない(フィードバックが無い)仕事。
粘土砂漠の人生のようだ。
これを続けると、確実に、直観力を喪失するだろう。毎日が連続である限り、何も新たな発見はなく、新たな発見がなければ、いつも見慣れたものがひそかに持つ隠れたものを見つけた時のはっとする驚きや、思いもかけない美を見出したときの胸騒ぎを忘れてしまうのはたやすいことだ。忘れてしまえば、そのようなものを探すこともまたなくなってしまうだろう。探さなければ見つからないもので世界は成り立っているのだから。
くだらない例だが、黒澤明の「生きる」で志村喬が沈み行く太陽の美しさに衝撃を受けるシーンがある。有名なシーンだ。有名なのはそれが見た人に共感されるからだ。そういうことだ。
同様に、毎日続く単調な作業と成果が見えない仕事は、物事を考える能力を根こそぎ奪い去る。必要ないからだ。
もし、50歩100歩譲って今の若者が……という寝言に真実の一片でもあれば、それは昔と同じく今に至っても、人間の生活が毎日が単調で退屈で同じことの果てしの無い繰り返しだからだ。でも実際はその仕事の進め方が間違っているか、その仕事そのものが間違っているかのどっちかだ。
確かに、ゲームにはまって単なるルーチンワーク化するときがあるけどね。しかし仕事と違ってやめるのは簡単だ。飽きれば良いだけだから。
寝る前の部分は結構勉強になった。夢物語から要件定義して実装に落とし込むってことだな。
どんどん増えてくブラックボックス。
でもその一方でホワイトボックスも増えてきてるんじゃないか?
かって人体は小宇宙だったりしたけど、少なくても心臓とか胃とかはわかってきてるし、肝臓はまだだっけな、とか。脳はわかってないから男だ女だ右だ左だどうしたこうしたとか。
かってエネルギーは自然からの恵みでございますでしか獲得できなかったわけだろうけど、擦ってみたりしてるうちに、使えるようになったわけだし。というのがプロメテ。
食い物だって、これは毒性が強いとか弱いとか、これ食ったらこれ飲んどけとか。
病気も結構な確度でホワイトになって少なくても日本でポリオに罹患するこたなくなってきたようだし。子供の頃は車椅子の子供ってのはドラマや漫画に扱い易い日常の1部だったのが最近じゃそんなこたないみたいだし。
白を増やすために新たに黒が生み出される。
経済は白なはずだが黒なものにしたいのですね、とか。
黒にしとくと権益が生まれる。手の内を明かさないことで利益が生まれることも多いからだ。
何をしたいかわからない、誰に聞いてもわからないから、形になってきて(具体性を帯びて)初めて口が利けるわけですが何か?
開発しながら細かい要求に応えて修正作業を行うという,およそ開発手法とはほど遠いやり方でうんざりします。何とかしたいとは思いつつも,これまでそれでやって来たのだからという流れに甘んじてしまっている自分も情けないです・・・
情けないのは、その現状の受け入れ方が後向きなことだ。
その現状を受け入れること=変化を抱擁することであれば良いのだ。
開発しながら細かい要求に応えて修正作業を行うという,およそ開発手法とはほど遠い
に釣られてみたり。
結局、最初の要求定義に時間をかけずに(アーキテクチャモデルを作る程度)にしてさっさと回すしかないんじゃないか。というか、アンケートを見るとミソもクソも一緒のような気がするが、どういった案件を前提にしてるかによって違うはずだなぁ。
原文だと "world's fastest personal computer" 。
日本だとJAROみたいな機関があるが、イギリスにはIndependent Television Commission (ITC) というところが管理してるんだろうか。名前だけからいくとTV局の自主管理のようだな。
ちなみに、ファクトリーのオリジナルのLiveビデオを持っているが、ビジュアルは死ぬほどかっこ悪い。なんか、イアンカーティスの動きはミイラ男のダンスという感じで肘と膝が曲がらないし、ごっついし。20年以上見てないから多分カビカビになってるだろうな。
なぜ、いきなりジョイディヴィジョンかと言えばミュージックのお勧めだったからだけど、確かにエコーアンドザバニーメンと被るところはないわけじゃないからなぁ。
って言うか、80年にビートルズとかストーンズとか聴いたり言及したりしてるオヤジってのは相当うざったい感じだったから、あのくらいうざったいだろうな。ふんふん。こうやって若い頃に培ったせっかくの憤激や嫌悪を呑み込んで人は無神経なオヤジになるのか。おもしろい。
XSDの型システムを肯定した上で、ここから構造を取り除くということを考えて見る。
でも、ここは<や>が書くの面倒なんで裏庭かも。
とりあえずメモと。
必要性:コンテキストで判断できる場合に大げさすぎ。
スローガン:コンテクスト対コントラクト
って言うか、ユーザー定義型を持たない型システムというか、すべてを配列とプリミティブ型でインスタンス化する。
インスタンスの処理をするのは、コンテキストを知っているからいいじゃんという発想。ANYは嫌い。ANYと名づけるくらいなら未知のものは未知のものとしておいておきたい。言及は避けるべきではないか。
コントラクトが無いわけではなく、各要素名が属する型(ただしプリミティブか配列か)の検証は可能。
コンテキストはルート要素で判定。ネームスペースはあり。ネストもあり。
XPathとは相性が悪いのでは?
検索が必要なほどの大物であればコントラクトで構わんじゃないか。
後付けのスキーマ。
おいらは、このXMLインスタンスをこのスキーマとして処理するんだから、こういう具合にインスタンス(オブジェクト)化せよ、とパーサに指示をする。
同一のXMLインスタンスを利用する側が再構成/補完/ルール付けをコンテキスト依存でパーサに指示。
XMLインスタンスは、オブジェクトがシリアライズ/デシリアライズされたものではなく、単なるメッセージとして、オブジェクト間でキャッチボールされる。玉をどう扱うかは受け取った側の勝手。
コンテキスト依存の問題点: 暗黙のルールの爆発
->爆発する場合は(予想がつくはず)最初から厳密なコントラクト。
->成長とともに爆発する場合は、後から厳密なコントラクト。既存のルーズアプリケーションは影響されないはず。機会があれば変えれば良い。
つまりハッシュですか?
多分。しかし、型検証は行われている。要素名はピア間で共有される。すなわち最小のコントラクトはある。
鬼太郎はいつもネズミ男のせいで厄介なことに巻き込まれる。
「すると原因はあの男ですな、逮捕しましょう」と警察官が言う。
「お助け-」と逃げるネズミ男。一斉に追うだか発砲しようだかする警察隊。
それを押し留めて鬼太郎が言う。「待ってください。ああいう男がいるから世の中はおもしろいのです」
「鬼太郎さんがそう言うのでしたら見逃すことにしましょう」となぜか口惜しそうに警察官が言い、引き上げる。
about:blankでブランクが出るのは良いとして(とういうか出なきゃ困る)、about:mozillaで青い(bgclor=#000080)のが出るのはなんだろう? 別にnetscapeの挙動に合わせたわけでも無いようだし(7だと「Mozillaの書」からの引用が出てくるし)。
どうせならabout:#ff00ffでff00ffな色を出すとかしてくれると便利なんだが。
シベリウスピアノアルバム 全音ピアノライブラリー(舘野 泉)
ライナー読んでたら皇后が弾いたとか書いてあるからそんなに難しくないんだろうとヤマハに寄って楽譜を買った。舘野泉が妙に細かく解説を書いていてなんか得した気にもなるし、ああ、これなら弾けるねというのも嬉しかったり。でも楽譜屋に行くとなんか脱力するのは楽譜出版って本当に儲からないのか著作権が切れると印刷するんだよね。たとえばスクリアビンは1915年に死んだから著作権が切れたのが+75して1990年。今じゃ全音あたりも出版してるが僕が本当に欲しかった(弾けないけど読めるわけで)時には無かった。
なんかCDの癖に針音がするような気がするしC#がDに聴こえる(PCでしか聴けないから妙に相性がよくないのかも知れないが−−冗談みたいだがCCCDじゃなくても聴けないのがあるし)のはスタインウェイが古いからなのか耳がおかしくなってるか、そういう録音なのか、いろいろ。
と、取り留めもなく書いているが、最初のパラパラした部分が終ってレントになって遠く離れた7度から4度が強調されてペダルでDを残しているからトニカなんだけど実際には(なんて呼ぶのか知らない。3度上の短三和音)が出てくるとこ(結局は7度なわけだ)の響きとそれに続く4度上がって4度下がって2度ずつ下がって行くところ、つまりドファドシッラの部分、こういう組み立てはすごく好きだ。最後のッラの部分とか。全然違うんだがスクリアビンのダンスラングィッドあたりを彷彿させる、1914年という絶妙な時期−最初のヨーロッパの死の始まりなわけだし−のきれいな曲で、ああ、そうか皇后なんておいらとは全然共通点は無いようだが、何か1曲でこういうのを弾くのか、と思ってみたり。
明らかにニ長調なのに主音を残して7度の上の3音を強調するから長調なのか短調なのか曖昧なままに進む。それが幽玄な感じを出す。こういうのを紋切り型で白夜のようなとか言ったりするんだが、実際にはまったくそうは感じない。
とまあ、樅の木は素晴らしい。聴いても弾いても良いからこういう曲を知りえたことは嬉しいことだ。ありがとう。
で、その直前の白樺がなんでこんなに弾むような感じなんだろうと不思議だったのだが、舘野泉の解説のおかげでちょっとはわかったようだ。
もし白樺がなかったとしたら北欧の自然はどんなに寒々と暗く耐えがたいことだろう。白樺のない黒々とした冬の森は(後略)
そうなのか。どちらかというと寒々とした感じでこれっぽっちもあの出だしのような受け止め方はできないが、北欧では話が違うのか。すると例えばロシア人の白樺というのも、おいらが感じる白樺とは全然別のものなんだろうな。とかいろいろ知ることが多いな。
月の半分まで来ちまった。
Enterprise Architecture Using the Zachman Framework (MIS)(O'Rourke, Carol)(また絵が無いよ)。これを読めばZIFAに習いに行かなくても独習できるという優れものだ。
でも、紀ノ国屋だからまた、倍近い額を出したりして。
とりあえず序文だけ読んだけど、内容は後で。
しかし、amazonに書評がついているが、何か勘違いしてるとしか思えん。手順? 「サルでもできるEA」とかを期待して買ったのだろうか。そんなトラの巻みたいなもの売り出すほどバカじゃないだろうに。
#まあ、その程度のもんだよな。
ふーむ、URLのco.jpをcomに変えて、ASIN/isbn/までに替えればそのままUSのamazonを参照できるのか。パス構成が同一だとういうのは素晴らしい。
こちらにも、「おいらの週末を返せ(星1つ)」っていう悲惨な叫びがあるな。序文にも「entertain」と書いてあるからわかりそうなものなのに、amazonで買うとこういう誤解もありえるということなのかな。
技術書ではなくビジネス書だということは、EAが何かということを考えればわかりそうなもんなのだが、そのへんがUSでも未だ曖昧なのかも。
#逆ザヤ? 日本のamazonのほうが安いな。
しょせん技術ではないから、知の形式化ができない。できないからどうでも良い与太話を並べて相手に概念の形成を促す。こういった手法は春秋戦国からの伝統的な手法で、「サル向け」や「ダミー用」とは正反対のアプローチだ。問題は書くのも大変だということだ。1つの正しい方法があってそれを説明すれば良いのではないからだ。また内容が内容だからケーススタディを使うのも(印刷物としては)無理があるかも知れないし。
いずれにしろ読み物としても面白そうなんでパラパラと読んでいくことにしよう。
ひゃひゃひゃ、システムデザイナーは4種類の枠組み(ってのがあるんだろうなってのが推測できるのは)とか7つの習慣(ってことはたださんはEAデザイナー教育を受けたのかな?)とかシステムシンキング(沈み行く組織じゃないよ)を利用しなきゃならないそうな、そりゃそうだろう。根回しなきエンタープライズシステムは意味的な破綻だろうしな。政治の勉強ですなぁ。
っていうか、パラパラ読んでると悪い冗談としか思えないんですが、っていうか、それが正しい認識だろう。呉子みたいだな。孫子は技術的な兵法書でどう戦争に勝つかが書かれているけど、呉子は兵法よりは権力の使い方の考え方の書なわけで。
いや、実におもしろい。有能な(=能弁な)コンサルタントはこの本を一通り読めばリファクタリングから、SQL−ODBC−JDBCといったRDBの界面層、XP、RUPといったプロジェクト回しの流行語から、ピラミッド建築のプロジェクト管理問題まで(っていうか順序は逆だけど)通りいっぺんに広く浅く早分かりできるって寸法だ。
っていうか、エンジニアとしてのオレにとってはこんなの読むのは確かに時間の無駄だな。だがこういったことが役に立つ局面も知っているし、星5つを進呈しよう。
_ ただただし [途中で投げ出しちゃったから、EAデザイナーにはなれんのかー(笑)]
ってのは誰も言い出してないんだろうか?
WHAT: 何を
ちょっと微妙
WHERE: 何処で
そりゃ、ここに決まってるから無意味だろう。でも、どこで設定されたとか、どこでこの値を使用するというようなシステム間にまたがって利用されるようなデータについては記述しても良いかも。すべきかどうかはなんとも言えない。
WHEN: いつ
いつ修正したか、だったら不要。書くな。cvsとか使え。
でも、ここで設定した値は毎月30日に検証されるよ、とかだとあったほうが良いかな?
WHO: 誰が
うーん、誰がこの値を寄越したかだったら、WHEREと同じで記述しても良いかも。
WHY:なぜ
これは必要だな。
HOW: いかに
ソースを読め。
@itの談話室Javaフォーラムから。
これのJava Trackのデモだけど、問題2と5はおかしい。それともおいらがおかしい? 実行してみりゃわかるから2が間違っていることは自明だが(いや、-ea付けないで実行するからという意味かと思ったけど、解説読むと解答が間違っているのは明らか)、5は妙な説明までしている(間接参照????)。
とは言え、JVMは玄妙だから、やっぱりこちらが間違っているかも知れなかったり。乞う、識者(おれ、識者のつもりだが別の観点という意味で)の意見。
注)staticだからそもそもGCされないというのは無しで、動的オブジェクトと仮定して考えましょう。
追記)2だって、-source 1.4付けなきゃコンパイルエラーになるし、どうコンパイルするか書いてないからコンパイルエラーになるってのも正解なような。
追記)問題読むと「5行目で生成された」と書いてあるがそもそもひどいな。
私どもは、提供しているサンプルテストの内容に絶対の自信を持ち、全てのお客様に合格していただける自信があります。 一度使用していただければ、分かっていただけるかと思います。
そもそも使いたくなる言葉ではある。
A Lad Insane
#amazonに勧められただけであまり意味はないけど、この曲は好き。
でも、「視聴する」をクリックしたらこの男を見よが流れてきたよ。ちょっとげんなり(LPの1曲目ってことなのね)
あとテレヴィジョンか。痛いところを突いてくるなぁ。
カスタマーレビューにも書かれてるけど、ダメなんだよね、テレヴィジョン。しかも自分の名前にヴェルレーヌとか付けちゃって若気の至りなんだろうがすごく恥ずかしいだろうな、我に返ってみれば。
歌もくにゃくにゃしてるし、ニューヨークパンクってつまるところ音に厚みを出せない技巧の不足をシンプルは逝かしてるぜ、と言い換えただけのところがあるわけだし。
にもかかわらず、痛いところを突けるのは、そういった痛さが共感可能なものだからなんだろうな。これがジェームズチャンスになると彼岸に逝っちゃってるわけだからただただ息を止めて目を見張るしかないわけで今となっちゃ聴く気にもなれなかったり。
しかし、どうして絵がないのばっかりなんだろう。そんなにマイナー指向なのかなぁ。ダウナー指向じゃないだけましか。
それは遠い昔、銀河の遥か彼方のこと……エネルギーは全ての生命のソースであった。その注意深く隠匿された生産の秘密を巡って激しい闘いが繰り返されていた。
トレッキアンスターワーズ(ワーワー)ィアンじゃないから再現できないや。
Source download nearly complete, Cap'n
BSDマガジンとかで連載しないかな? でも内容はともかく絵がへたっぴアメリカンテースト(除くペンギンクルー)だからなぁ。
ポップアップ特許で検索がかかってくるよ……。いい加減なこと書いてるからDQN親父だと思われるんだろうな。やっぱ、ちょっとイヤかも。
そんなに人気あったかなぁ? 人気ないから、ちょっと言及したくらいでYahoo検索の2番手になるのかな。YahooもGoogleだとしたら、リンク元を消すべきかな? でも、自分のアンテナ代わりに人様のアンテナを使わせてもらう習慣がついちゃったから、いまさらそうする気にはならないしなぁ。
とか書きながら、だったらファーズの写影を入れてみようかと策謀を巡らしてみたりしたのだが、現役CDが無いじゃん。残念。
とか見てたら、おい、OMDだよ。
本についてはお勧めに急所を突かれた験しはないけど、CDは良く当たるな。それくらいジャンル化がかっちりされてるってことなんだろうけど。しょぼい2人組みのエレクトロポップバンドの走りだな。安っぽいピコピコ音でさ。あとティアーズフォーフィアーズとか、ちょっと毛色が違うけどヤズーとかも。
っていうか、青に穴いっぱい開けてオレンジ色の内袋を見せていたあのLPだからこそのOMDという気もするんだけど。と思い出したけどあのジャケットは本当に秀逸だったな。
というより、継続は力だな。ファーズと違ってやたらと現役なのか。
これ、題がいいな。モラリストの僕にぴったりだ。でも、中身は旧作のようだが。
追記:旧作もいいとこじゃん、3作目の再発なのか。でもスーヴニール(英語でどう発音するかは知らない)はいい曲だな。
さすがだね。OMDをいろいろカートに入れてたら、すっかり忘れてたけどデペッシュモードも出てきたよ。ピテカンにギグ見に行ったけな。
さすがに、うんざりしてきたが、今度はミッジユーロのウルトラヴォックスか……
はさすがに出てこないようだなストレンジ。
もう最終巻か……読了。ららら科學の子も読むか。
感傷的なことはおそらく非常に気恥ずかしいことで、それが気恥ずかしいと十分にわかったうえで、しかも糞まじめに感傷的なアティチュードを貫くってのは結局、やせ我慢と同じことなんじゃないかな。
で、やせ我慢してる姿ってのは、傍から見ると非常に滑稽なんだが、笑っちゃ申し訳ないと思わせる説得力があるのは、感傷的だからなのだろう。
って言うか、シガキコーヘー達は、感傷的であっても、これっぽっちも未練がましくはないんだな。つまらない意地を張って世界をわざと狭める(たとえば訳のわからない違法駐車の車を移動する仕事だとか、チャイナタウンがある街じゃなきゃイヤだとか、いろいろ)のは感傷がなせるわざなのだが、それは自分を縛るだけで、他人にはなーんにも強制しない。モラリストだということだ。どうして、堂々巡りをするんだ?
別に嫌いじゃないが、commonsのjarがそこら中にはびこって来るのがやだな。
CLASSPATHの表記にワイルドカードが使えりゃまだいいんだが。たとえば、set CLASSPAHT=c:\progra~1\apche\jakarta\commons\*.jarとか。
でも、それはそれで複数のバージョンが入ってると競合するからまずいのか。
気のせいかな。以前のANTはc:\progra~1\jakarta-ant-xxxとかに入れておいてもちゃんと動いてたような気がするんだが。
D:\home\arton\sample>set ANT_HOME=c:\progra~1\apache~1\apache-ant-1.5.3-1
D:\home\arton\sample>set PATH=%ANT_HOME%\bin;%PATH%
D:\home\arton\sample>ant -verbose
Apache Ant version 1.5.3 compiled on April 16 2003
Buildfile: build.xml
...
junit:
[junit] Implicitly adding C:\Program%20Files\junit3.8.1\junit.jar;C:\Program%20Files\Apache%20Group\apache-ant-1.5.3-1\lib\ant.jar;C:\Program%20Files\Apache%20Group\apache-ant-1.5.3-1\lib\optional.jar to CLASSPATH
[junit] Running HogeHoge
dropping C:\Program%20Files\junit3.8.1\junit.jar from path as it doesn't exist
dropping C:\Program%20Files\Apache%20Group\apache-ant-1.5.3-1\lib\ant.jar from path as it doesn't exist
ってなるんだよな……%20をパス名に入れちゃいかんだろ。junit taskか?
うーん、1.5.4でも同じだな。
Path->Project->FileUtil あたりは別段おかしくないようだが。
って言うか、誰がショートネームをロングネームに変えてるんだ? File#getCanonicalPathを呼んでるとこだな。でその後にURLエンコードしてるんだろうが、面倒だな。
違うみたいだな……FileUtilのはシンボリックリンクチェックだし、もう1つはDelTreeタスクだ。
追記:
fork=yesが臭い。Tomcatのjavacと同じことだな。
時間もないのに、何やってんだオレは? でもまあ、パッチ作ったぞ。JUnitTaskが犯人というか、Class#getResourceがURLを返すのが原因だな。
junit>diff -u JUnitTask.java.org JUnitTask.java
--- JUnitTask.java.org Fri Nov 21 19:48:18 2003
+++ JUnitTask.java Fri Nov 21 19:49:16 2003
@@ -80,6 +80,7 @@
import java.util.Vector;
import java.net.URL;
+import java.net.URLDecoder;
import junit.framework.AssertionFailedError;
import junit.framework.Test;
@@ -943,7 +944,7 @@
protected void addClasspathEntry(String resource) {
URL url = getClass().getResource(resource);
if (url != null) {
- String u = url.toString();
+ String u = URLDecoder.decode(url.toString());
if (u.startsWith("jar:file:")) {
int pling = u.indexOf("!");
String jarName = u.substring(9, pling);
しかし、意地でもprogram filesにインストールする粋人なんておいらしかいないだろうから、コントリビュートしても無駄な気がするなぁ。
結局、Bugzillaに入れたら1.6で修正済みって来た。
LoaderUtils.getResourceSource(...)を使うようにJUnitTaskを変えているそうだ。JUnitTaskが独自にClass#getResourceを使用してたことがまずーだったんだろう。
Rubyでも感じるが、このへんは微妙なとこだな。
要するに開発したいんじゃなくて使用したいだけだから、当然安定版とかリリース版を使うんだが、そこで問題が出れば一応見ることになる。
で見ておかしけりゃ直すんだが、大体、こっちが気付く問題は誰かが気付くから次期版では直ってることが多い。でも、こちらは使用したいだけだから、そんな次期版なんて不安定そうなものを使うつもりは一切ない。当然、そんなバージョンを時間をかけてダウンロードしてインストールしてなんてことをすることは無い。
一切無い場合は黙っておくほうが、向こうも返事書かなきゃならんわけで手間なわけだから、お互いのためなのかも。
とは言え、必ずしも直ってるとは限らないわけだしな。厄介だな。
なんかC#そっくりだな。
そう言やキキとルルって名前もうらやますい。
なんと、キキとルルのサイトもあるのか。
って言うか、こいつら毎日ニュースを引用してそれに作品を付けてるのか?
って良く読めば、バナー広告じゃなくてタイトルなのか。
いつでも、現実を、世界で起きてる、絵によって、現代の眼(って雑誌があったなそう言えば)ってことか。
フランス語が読めなくなってるので愕然とした。
キーキキキキーピカソーは息子だよ(確か。娘はルルのほうだと思ったけど
キキピカソってどのくらい日本で知名度があるのかグーグルで見てみた。っていうか、おまいらスォッチのことしか書けないんですか?
と思ったら、まともなことが書いてある(キキとかルルとかのCDを買ったっていうような)ページ見つけたら江口寿史だった。なるほど。
血縁関係ないんじゃないか。N氏に騙されてたんだな、ま、いいけど。
ってことは先達の名前を利用するっていうのもありなのか。ではおいらもとか一瞬考えたが、お笑い芸人に結構あるな。
カトリック作家ベルナノス(違うかも)が書いた不幸と恩寵の物語。
ブレッソンによって非情、冷徹、酷薄な映画にされた。
が、全然、覚えてない。ブレッソンは白夜にしろ、金にしろ、(忘れてるな。優しいかな?)の女にしろ、構図の決め方が徹底しているため、非常にくっきりとした絵の印象が(ほんとんどスティール丸覚えじゃないかと思うが、スティールじゃない。スティールってstillなのかな?)残るんだが、それがさっぱり。大体、白黒だったかカラーだったかさえ覚えてないんだからひどいもんだ。
高校生の頃、池袋文芸座で見たはず、確か。で、併映が思春の森という怪作で、どういう文脈でこの2本が選択されたのか(そりゃ少女趣味なんだろうが)まったくもって帆立貝だし、正直なところブレッソンに失礼ですな。しかしそれにしても無茶苦茶な取り合わせだな。でも、ある意味、それこそシネマテーク的とも言えるのか。そうじゃなければ永遠に見なかっただろうしな。すべてはall right, ya baby, 多分、思春の森でぼかーんとなってしまったため、少女ムシェットの印象が消されてしまったのだと思うが。
というようなことを思い出したのはアンルギャールモデルンからリンク(リヤン? リエから来てるのか、って言うかフランス語をカタカナで書くとすさまくじ違和感があるな。なぜだろう? カタカナはほとんど英語だからかも。そういや徳川はフランスだったっけな。でもそれは関係なく抵抗勢力―中江兆民が代表なんだろうが、結構フランスから概念を輸入して来て翻訳しまくったからカタカナそのままを利用しないからか、っていうか戦後アメリカの傘の下に入ったから英語経由でしか外来語がほとんど来なかったってことかも)をたどって、こんなのにたどりついたから。
おもしろい。
人生いろいろだから、XPなしって生き方もありだろう。
なんて書きだしたが、世の大勢はどっちですかい。
でも、少なくてもテストファースト(その裏にある、インターフェイス決定時に常に裏側からの視点を持つこと、計算ずくのインターフェイスの単純さ、メソッドの粒度の決定時に常に裏側からの視点、っていうか、要するに呼び出す側に立つってことだが)、成果物としてのユニットテストプログラム(いや、これ本当に重要。製作物をその後も生かすつもりなら)、リファクタリング、ソース共有、ユースケースの共有(メタファーって言葉はちょっと嫌な感じ)、マメなコミュニケーション、などなどが、・数世代使いまわす予定(メンテナンス性重要)、・複数人で開発する(コミュニケーション重要)、・マネジメントが必要なサイズのプロジェクトである(仕様っていうかユースケースって言うのがやっぱり良さげだなの共有重要)、・期限が切られている(アジャイル重要)、っていった要件を満たすなら、無視してはだめでしょう。
ちなみに、ペアプログラミングと言い出すといろいろ厄介があるにしろ、そうそうあるあるは2人以上で開発してたら普通1回か2回は経験してるでしょう。とりあえず、たまにはこれをやる程度でいいからやっとけって(しょっちゅう顔つき合わせてりゃ、嵌っているメンバーくらいわかるだろ)。
でも、次のソフトウェアは、多分、XPな必要は無いと思う。
開発者1人。
期限別になし。
ユースケース:その場の思いつき(開発者自身による)
実装すべき機能:その場の思いつき(開発者自身による)
リリース後のバグの影響度:as isリリースだよもん。
外部インターフェイス:int main(int, char**)ですが何か? or ソース見ろ
ソース公開:しないよ or もちろんするよ
(ということは、最後の2つはあまり重要ではないのかも)
#思いつきで並べたから失敗した。書きたかったことはこうではない。が、とりあえずメモとして残す。
今日は5-Tecpati 1-Ehecati 2-Calliだそうだ。
ムシェットのトラフィックレポート経由でオランダのトップに行ったらこのサイトだった。ちなみに日本のトップは国立民族学博物館。
西アフリカおはなし村ってすげー。特に老人と犬とハンマン。
近代市民の僕はひたすらぽかーんとするしかないのだが。
スキゾも遠くになりにけり
読み直したらそれほど素っ頓狂でもなかった。繰り返しの最後でオチがつかなくなり、いないことにしたって程度のことか。
なんとなく、開拓者と悪魔という取り合わせからイワンの馬鹿を想像して悪魔をうまく利用するのかと思ったために奇異な感を受けたのであって、一つ覚えの繰り返しでも大体破滅するわけでとりたてて変でもないか、と思ったけど人間の命の安さってのはあるかも。
でもこれは落ち着かないね。正直爺さんが意地悪爺さんのとこに行ったらポチが殺されてたもんで文句を言って、その結果取っ組み合いのけんかになったら神様が来て二人を引っ張って行きました。後にはポチの骨が残りましたとさ、みたいだからかな。
というか、犬が水を呑んでスープになるとこから、食わせる物が無いので自分が犠牲になって……という話だと予測したってのはあるかも。水の価値が高いということかも知れないしな。
Session.getInstance(props);だのnew InitialContext();だのってすごく不思議に思うのはおれだけか?
とらねこ放浪記を読んでて気になったので反応してみる。オフィシャル(ってなんだろう)には子宝湯がモデルのはず。とは言え、実際に見てるんだけどあんまり似てない気はする(そこが作家のイマジネーションなんだろうが)。東京都下の三鷹と小金井でつながりはあるけど。
ちなみに建物園では田園調布の家とかが個人的には懐かしい感じがした(田園調布に住んでたことはないけど)。おすすめは看板建築の舞台裏(普通は裏側を見る機会は無いからね)。
追記:適当にグーグルで見つけた個人のホームページ(その分、わかりやすいな)にリンクしたけど、オフィシャルなのはこっち。って言うか、あのイモムシは宮崎駿のデザインなのか。正直知らんかった。
mouche−mouchette。カタカナだと不幸の一部が失われる。と思ったけどスタンダール見るとmouchetで岩雲雀なんてのがあるな。でも、蝿を想像するのは間違いじゃないはずだ。少なくてもあのベルギー人もそう受け取っているんだから。
Meadowで、何気なくC-x-C-fしてaux.txtと書いて、わーと記述してC-x-C-s……。変だな……と、繰り返すこと3度。
AUXデバイスの呪縛が残っているのですね、はいはい。せめて拡張子を見てくれ。
西アフリカおはなし村をつくづく読んでしみじみ思う。なぜ、棒で村人を叩かなけりゃならないいんだ?
そしてアーハと理解する。
これは、本当に「お話」なのだ。
たとえばと、自分の身に置き換える。
子供に何か話せと言われてしょうがないので、枕元のクマを取り上げて話始める。「やあ、こないだ海賊にさらわれてアフリカに行ってきたんだ」もちろん、適当な思いつきに決まっている。
「で?」と子供が聞く。でって言われてもなぁ。そこでなんとなく土佐の一本釣りとか思い出して子供が船に乗ってコックをやらされたよなとかで急に話を変える。「海賊船じゃね、僕はコックだったんだくま」「毎日毎日サカナの料理を出してたら船長が怒り出してね、モー許せんモー許せんって、刀をぶんぶん振り回し始めたんだ。そしたら大変だ、横にいた航海士の首にあたってちょん切れた。その首はぱーっと吹っ飛んで、僕がサカナを煮込んでた鍋の中にドボーンって落っこたんだくま」
「えー」「ところがびっくり、とってもおいしくなってとてもサカナのスープとは思えないくま。船長はすっかり喜んでしまって、それからが大変だくま。毎日乗組員の首を落としちゃスープにしたんだくま。全部で89人の乗組員がいたから86人目が終わったら、とうとう船長とぼくだけになったくま」
「数が合わないよ」う、確かに。おいらは眠いんだから突っ込むなよ……「そりゃ、逃げ出したからだくま」
「助かったんだ」「違うくま。船長に食われるかわりにサメの餌食くま」
「それで、残りの乗組員は逃げなかったんだね」ほーなるほど。そうだったのか。「でついに船長は刀をぶるんぶるん振り回して台所にやってきたくま。こわいくま」
「食べられちゃったの?」うーん、それもつまらないくま。「で鍋の前で自分の首をちょきんくま。僕に向かってオレのが一番おいしいぞせんちょうと言ったくま。それが最後の言葉くま」
「ほんと?」「もちろん、一番まずかったくま。さあ、寝ろ」
という意味での「お話」なのだな。
上でくまが「〜くま」としゃべるのは、小林よしのりの「〜かもの」(かものはし)以外は忘れたが忠牛ばっふぁろーから学んだ手法で、しゃべるときに語尾に自分のIDをポストフィクスする。
ぬいぐるみを5匹くらい使った話を子供にする場合、声色を使い分けなくても誰の科白かわかりやすいっていう利点がある。実際にはくまには名前があるから、名前で区別することになる。「〜だーちゃん。そんなの知らないくま。君は黙っててくれたまえさんぼ。」とか。
#追記:これ書いた覚えがあるぞ。ループしてるかも。そろそろ検索可能にしなきゃな……あおきさんのgrep窓は楽そうだな。
Mirror Moves(Psychedelic Furs)
買おうかなぁ。でもあほくさいよなぁ。
ただ、つくづくエコーアンドザバニーメンとかエコーアンドザボガスメン(イアンマカロク抜き版)とか聞いてて思ったが、この連中(UKヒットを飛ばせた連中)、メロディメイカーなんだよな。試聴できるもんで君の中の幻とか聴いたがやっぱりうまいわ。
普段バルトークとかばかり聞いてるとソングと呼べる歌を聴くといろいろ感じるところがやはりあるわけでね。
ちなみに、試聴できるといってもインディアは悲惨。
Psychedelic Furs(Psychedelic Furs)
ブルックナーで言うところの霧の部分だけなんだから、視聴の意味ないやね。
たかだか1000円じゃん。買うか。
エコーアンドザバニーメンは片仮名で引っ張っても輸入版が出てくるのにサイケデリックファーズは英語で綴らないと出てこない。なぜだろう、ってそういうふうにDBに入れてるんだろうが良くわからないな。
トランザクション処理って好きだな
好きなのはいいけど、やっぱ、ACIDとか書かなきゃならないんだろうな。ちょっとうんざりかも。
(以下は、単なる意識の流れをメモしてるだけ)
ACID−アシッドクィーン―ティナターナー―トミー―フー−エルトンジョン−ピンボール−羊を巡る冒険−耳−飛びますー//
トミー−リストマニア−チョップスティック−銀−//
リストマニア−悲愴−チャーチャチャチャチャッチャチャチャチャチャーン−4番−船−クリーニング屋−戸棚
改訂版が出るのかな?
このレビューはわかりやすいな。という理由もあって、MTS(COM+)やEJBとなったと見ることもできるだろう。っていうか、ここでもコモディティ化のキーはMSか。っていうか、多分、この本はMSがMTS(Viper時代)の研究のためにまとめさせたものが元になっていると睨んでるんだけど。
追記: というわけで歴史研究をしたいとかメインフレームのOLTPを知りたいとかの理由がなければ読む必要は無い。でもprinciplesを知りたいなら良書。
リリース出た〜
・Webサービスエンドポイントのみ実装したセッションbeanはWARですか……
・1つのJARにエンティティbeanを複数突っ込むといきなりエラーにするのはなぜ? (β2のほうがまだましだよ……)
と、苦しんでるところ。なんだかなぁ。
追記:CMPエンティティbeanの見方が妙に固くなったような気が。ベータと全然違う。
あちら立てればこちら立たずってのはこのことか。スキーマ読ませりゃCMRの設定が消えるし、CMRの設定するとEJB-QLが無くなるし、EJB-QL入れてやると……
descriptionのlang="ja"が臭いな。しかし、ロケールもコードページからもjaを消してると思うんだが……
ロケールは臭いけどそれとは別に
・EJB-QLに長い行を入力すると消失する。適宜改行すること
・複合キーのPKの場合、チュートリアルの記述は違う(パーシステント化必要)で、これをやるとスキーマを読ませようとしても固まってしまうという謎現象が出る(別タブに移動すればOK)
・複合キーはObjectではだめ(チュートリアルのリストは正しい)
・CMRで多対1の場合、1側は一筋縄ではいかない
といったところ。
そりゃ、ロケールをどこで設定するかわからんことだ。って言うか、コントロールパネルの地域の設定でもCHCPでもだめ。ベータ2はそれでOKだったのにな。
-Duser.country=US -Duser.language=en
も効かない……
地域の設定と詳細と2箇所を設定すればOKになる。しかし……スタートメニューの多分プログラムというディレクトリ名のせいでインストールしてもショートッカットが登録されないのであった。
規定値に設定(S)を押してやればよいのか。……再起動だぁ。
_ 斎藤 右司 [Outlook Express6以前だと日本語に戻したときメッセージファイル名やアドレス帳が文字化けしてしまう。]
??? プログラミング関係が軒並み在庫切れになってる。棚卸中? カテゴリーの変更中かな。
Windowsじゃやってられないや。LANG=Cで切り替えられる環境へ移動。
でも、それマジに気にしたけどね。Readmeにそのあたりに対する警戒感が醸し出されてたり。でも、無きゃ仕事にならないじゃん。で、一応トラップとして1度プロミスキャスへ移行したら戻さないとか、送信は塞ぐとか、アプリケーションレベルプロトコルの解析はほとんど無しにしておくとかしてたり。
日が変わったがこれのこと。
でも、WindowsNTでは動かないと思うけど(2000とXPだと書いたはずだがな)
ちょうど、WinPcapが出る前で、(その後別口でbpfのVxD版をもらえたりしたけど)フリーソフトのキャプチャツールが無かったから作ったのがFreeCap。で、UIがイマイチなんで作り直したのが上のやつ。
プログラマーズガイドがこれだ。
バージョン2を作った後にドキュメント書いたからV2。そこから、連想したのは、
Heroes(Bowie, David)(B面の1曲目)
で、更にシュナイダー(実際にその意味で、おそらくヨーロッパ急行での言及と呼応している)からラジオアクティビティのジャケット
が、キャプチャ中のグラフと対応。で円環が閉じるのだけど、それは誰にもわからない。
クソ映画なんだから、フツーに提示しておきゃいいんだよ。変に隠すから無用な興味が惹かれるんだろ。きれいさだったらビリティスの詩でしょう(なぜか通ってた高校の映画祭で上映されたという−しかし別件が入って見られなかったのでちょっとは口惜しい)。つーか、適度にぽかーんな要素があるからかな。
まあ、カルトではある。
追記:しかし、幾つかのシーンを網膜は記憶している。本当にクソだと(ミライせいきぶらじるとかはみだした男とか)意外と記憶してるもんだ。むしろ見たときはすげー感動してもさっぱり記憶からはみ出してしまう映画(ボウイとキーチとか彼らは夜生きるとか)もあるし、良くわからないな。少女ムシェットもそのテかも(しかし本当に記憶が無いな)。
そういや、カルトだから興味を惹かれ、実際に見てうーんざりってのはあるなぁ。
それがスナッフだ。
あーばかばか、こんなLD買ったばかはおいらくらいだろう。……でも無いな。速攻で売り飛ばしたのかな。覚えてないや。
いずれにしろアラン・シャックルトンはマーケティングの達人だな。
スナッフに較べれば、思春の森は大傑作だな。実際女優はかわいいし(という記憶があるけど実際はわからん)。
くまりんが見てたから。
・Common LISPで書かれてるとか。
・やっぱりAqua UIってのはきれいだ。
・Undo is now implementedということはコマンドパターンは利用してないのかな(とかちょっと思った)
チミチャンガは、トルティーヤに包んで揚げた料理。
スジャンガは、干柿を醗酵させた(らしい)飲み物。でも、スーパーで売ってるヤクルトのは単なるニッキ水。
スジャンガには漢字表記もあり、おおなるほど、と思ったけど忘れた。
とここまで書いてからおもむろにスジャンガで検索。1件しか見つからない……。ちなみに四谷の法善寺じゃないけどなんとか寺横丁のハレルヤではちゃんとしたスジャンガが出てきた。
カルタゴについて調べていて見つけたページ。
馬鹿馬鹿しいほど下心丸出しで(上の遣唐使のはちゃんと読んでないからおいておくとして)何を言わんとしてるかは明白なんだが、さすがにアメリカをローマと呼ぶことはできなかったのか。どう読んでもカルタゴと比較しているんだが、どんなに優れた文化があっても審美眼や批評眼がなければそれは無いのと等しいわけなので、その点についてはまあ良いとしても、どうも不快感が残る。
とは言うものの日中戦争から太平洋戦争にかけての状態を考えれば確かにローマ対カルタゴという対比はあながち的外れでもなく(しかし、殲滅状態になるのは、実はその後の話で、その意味ではいつ「正義」の鉄槌が頭上に下されるかも知れないから備えとけとも読めるが)。
というよりも、この文章からは、ローマ逝ってよしと読むしかないのだが、それが結論としては近隣と仲良く(それは全然OKなんだが)となる点かな?
まあ、なんとなくひっかかったのでメモ。
外務省経済協力局なのか。
こんなのもあるな。カルタゴと対比するのはありなようだ(グーグル調べ)。
と思ったら、ここにも。
阿修羅の掲示板ってとこに貼られて出回ったように見える。
でも、そんなことよりも、地図と年表が本当に知りたかったことだったのだが。
このページに数年前にそういう論調がはやったと書かれてるな。でもこのページの人は、「殲滅されました。というわけで」の後が「謎の民族になったのです」と続く。これだよ、おいらが欲しいのは。というわけでこのページを読むことにしよう。
Visorの辞書に登録していた。水正果と綴る。
ジェズイットを見習え |
_ arton [失敗したな。]