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日々の破片

著作一覧

2022-08-06

_ 無垢なる証人

妻が途中まで観て、えらくおもしろいからお前も観ろと言うので最初から一緒に観た。映画は文句なくおもしろい(とはいうものの文句はあるので最後に吐き出しておく)。

殺人事件か自殺かが焦点の裁判の証人となる自閉症の少女(14歳くらいかな)と元人権派現拝金主義へ移行中の弁護士、冤罪製造機っぽい検事、冴えない被告のお手伝いの女性、ボケ始めているがすっとぼけたユーモアをかます弁護士の親父、弁護士との微妙な恋愛関係にある信念の人権派弁護士(勝ち目のない対企業裁判闘争中)、親がつけてくれた少女の通学のお供をしてくれる学友、少女の母親(父親はほぼ不在なのには意味があるのか?)といったいろんな要素を絶妙に織り込んで精妙に作られているのもすごいが映画としても実に抜群だった(特に最初の最初の判決後の一連の流れがうまい)。

少女がコダックのように両手を耳でふさぐシーンが何度もあるが(特に通学中に必ず吠える犬の前を通るとき)妙に印象的だ。

顔の各パーツが~のときは~という感情を示すということを示す表(母親手作り)が部屋に貼ってあるのを見て、妻がなるほど逆に自分の表情をどう作るかもわからない道理か、と言い出してなるほどの納得感。というか猫みたいだな。

同じ韓国映画のパラサイトもそうだったが、ここでも女中が出てきて重要な役回りをするのが興味深かった(とはいえサンプル2作(悪人には出てこなかったし)なので、だからどうということはないのだが、それでも普通に金持ちの家にはいるのが当然という存在なのだな)。

が、日本語タイトルがびっくりするくらいカスだ。おそらくオリジナルタイトルは単に「証人」で、これは極めて重大な意味を主人公の少女に与えているから、「無垢」とか頭の悪い紋切型の惹句をつけることで、あたかも高級なケーキに砂糖をぶちまけたかのようなぶち壊しとなっていて日本すごい。

無垢なる証人(字幕版)(チョン・ウソン)


2022-08-11

_ 事業をエンジニアリングする技術者たち

以前いただいたEngineers in VOYAGEの改訂版の「事業をエンジニアリングする技術者―フルサイクル開発者がつくるCARTAの現場」をいただいたので、大喜びでまずは追加されたまえがきと7章と8章を読んだ(実際には追記部分とかいろいろつまみ読みしたり、ついおもしろいのでまるまる読み返したりもしているが)。

(確かEngineers in VOYAGEについての感想を書いた記憶があるのに日記に見つからないので不思議に思ったらツイートして満足してしまったらしい。しょうがないので採録した)

前著でも感じたわけだが「通常の書きおろした文章とも違うビデオを視聴するような読みやすさがある一方、ビデオ的な一方的な語りに堕すこともなく、諸論点が浮き彫りに」なっていることが本書の一番の特徴だ。

技術書としては深堀はないかも知れないが(Howは想像で補うしかないわけだが)、What,Why,Who,When,Whereについてこれほど読みやすく、かつクリアで、本人ではなく読者目線で要点を浮き彫りにした技術書というのは他では見つからない。

この点についてはインタビュアーの和田さんと編集の鹿野さんが抜群だ。

もちろんそれが可能となるには、インタビューイが自分が語るべき内容を隅々まで理解して把握していることは大前提で、その観点からは、なるほどここに登場するエンジニアたちは自分の対象ドメインの事業を「完全に理解」しているのだろう。それがこの会社の強みには違いない。

7章はテレビCMのバイイングシステム化にまつわる苦労話。テレビという本物のマス対象の情報システムがどれだけデジタルではないかという話にも読めておもしろかった。

8章は明らかに白眉で、この章があるから、本書を買いなおす(または買い足す)意味がありそうだ。

8章は、VOYAGEというエンジニア集団企業と、CCIという普通の事業企業の合併によるシステム統合の苦労話がテーマなのだが、圧倒的におもしろいのは企業の方向の違いから来る行動様式の差異についての考察と、その解消のための苦労話だ。

この章を読むと、エンジニアは最初は「普通の事業会社」には入らないほうが良さそうに考えられる。そうではなくエンジニアが事業を回す会社で職業的な見方を養うのが良い。

端的には本書の「VOYAGE GROUP側には『考えながら喋る』ような人が多いんですが。一方、CCI側には『必要な情報をかっちり集めてから決める』という人が多いように思います」という発言が象徴的だ。

とにかくソフトウェアというかシステムというのは生き物で、こちらが想像もしない動きを間違いなくする。であれば、とにかく考えながら世話し続けなければならない。最初にその感覚を養えるかどうかというのはすごく重要なのではなかろうか。逆に言えば、前者から後者へ移行するのは退屈ささえ我慢すれば大した問題ではないように考えられる。が、後者から前者へ移行するにはまず決断と勇気と失敗を呑み込みながら前進する器量が必要(要はプレッシャーをスルーできる考え方)だが、それを後付けで持つようにするのはなかなかの難物ではないか?

・8章で読みにくいな、と思ったのは章扉裏の登場人物紹介で、VOYAGE側のメンバーについては事業部名があるからわかるのだが、CCI側のメンバーについては現職名しか書いていない点だ。現職名のCARTAというのは合併前から存在する元々の持ち株会社でもあるから、CCI側のメンバーではなくシステム統合にあたって持ち株会社から派遣されてきた管理者なのかと考えて読んでいて、なぜCCI側メンバーからの視点をこの人たちが話しているのか? と不思議に思った(途中で明言が入ってくるので、こちらの勘違いに気付けた)。

事業をエンジニアリングする技術者たち ― フルサイクル開発者がつくるCARTAの現場(株式会社CARTA HOLDINGS 監修)


2022-08-12

_ ブラックライダー

BSでやったブラックライダー(70年代初頭の映画)の録画を観てびっくり。正直黒人の西部劇珍しいな程度の興味で観たのだが、シドニーポワチエが映画作家として実に見事な手腕で驚いた。よく観れば、遠くから映して徐々に近づいてアップで表情、そこからロングにして何が起きているかを示し、またアップ、の繰り返しなのだが、バランスが抜群。観ていて全然弛緩がない。

マウスハープだと思うのだが、ビーヨンビーヨンみたいな気の抜けた音楽が入りまくるのでオフビートっぽくもあり、ハリーベラフォンテとシドニーポワチエの軽口の応酬が楽しいのだが、内容は殺伐としていて、そのアンバランスがまた良い。

物語はミシシッピーからモンタナへ移住しようとする黒人(南北戦争後なので解放されている)の幌馬車隊の案内人に雇われたシドニーポワチエ、ミシシッピーの農園主に雇われてこれらの黒人を連れ戻してこき使おうとする白人グループ(言うこときかない黒人は容赦なく殺し、移住を阻止するために家畜は殺戮、苗や種は燃やしまくる、あまりに殺しまくるのでKKKの原初の姿のようでもあるし、確かKKKは黒人の労働力を縛り付けることを目的として結成されたはずだから、おそらくそうなのだろう)、法の番人として解放奴隷の人権を尊重する保安官(端役)、いかさま伝道師だが縁あってシドニーポワチエと行動を共にしてついには銀行強盗までするハリーベラフォンテ(声といい演技といい抜群。歌を歌うわけではない。最初は全裸で帽子でちんこを隠して登場といういけてる歌手とはまったく思えない扱いなのだが、実に良い味を出している。副主人公のいかさま伝道師といえばトライガンだが、近いものがある)、ポワチエの恋人のルビー(よく知らんが老いてもスパイクリーの映画に出てくる民権運動の闘士(の妻、といっても本人も闘士なのだろう)、白人から土地を奪還するために雌伏しているインディアン(ポワチエとは腐れ縁)の殺し合いで、最後は幌馬車ものの王道で約束の地へ無事に到着する。

大傑作だった。

トライガン・マキシマム(2) (ヤングキングコミックス)(内藤泰弘)


2022-08-13

_ スラムドッグミリオネア

シアタークリエでスラムドッグミリオネア。

子供が観てきておもしろかったというので話を聞くと、クイズ番組に出場したスラムの少年が人生を巡る冒険の中で出会ったさまざまな理由から、全問正解するのは不可能と思われていたクイズ番組に見事優勝して、その理由を人生と共に辿り直す物語と教えられる。

え、スラムドッグミリオネア(という映画の名前は知っていた)って、もしかして「ぼくと1ルピーの神様」なのか? と記憶が甦る。

ぼくと1ルピーの神様 (RHブックス・プラス)(ヴィカス スワラップ)

今は跡形もない外苑前のビブロで「ぼくと1ルピーの神様」の単行本が平積みになっていて、はて? 1ルピーということはインドの小説か? それは読んだことないなぁと手に取っておもしろそうだとは思ったが買い損なってしまったのだった。買い損なった本の記憶は忘れることはない。今でも忸怩たる思いはあるのだ。というわけで、一にも二にもなく観に行くことにした。

主人公のラム役の人は童顔小柄で、おうラムだ、という感じで好感が持てる。

オリバーツイストが引っ掛かるスリの親分をもっと悪くしたような親分の家での追っかけっこは親分と子分2人、逃げるラムと友人によるパルクールでおもしろい。

子供は2幕のタジマハールの歌が良いといっていたなと思いながら2幕が開くとインド映画風にタジマハールの前でどんがどんがとした合唱と群舞で、はて? と思う。が、その後の知り合った娼婦との2重唱で、あ、こっちかと気づく。

悪の片棒担ぎのクイズ番組の司会者が自分の人生を託して死に向かうところは良い。

クイズ番組の異様な司会者といえば国民クイズを嫌でも思い出すが、シベリアで凍えるかわりにスラムの路地裏で射殺死体となって転がることになる。

今の日本では知らないが、テレビのクイズ番組ってのは夢と陰謀が渦巻く想像をかき立てる存在だったのだな。

国民クイズ 上(杉元 伶一)


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