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本屋に寄ったら平積みになってたので購入。というか以前フラワーコミックスで出た時にも買った気がするが今は手元に無いんだからしょうがない。
なんか、主人公(というか語り手というか、ワトソン博士の役回りなのだが)の水野というのが、友人の永野というのに見えたりするってのもあったり、そんなに絵はうまいとは思えないのだがなぜか印象に残っているとか、まあいろいろ強力なインパクトを受けたらしい。真っ黒なページの上3/4を使ったコマの中に小さく主人公(ホームズのほうだ)が震えたりしていて絵はうまくないかも知れないが表現は巧妙ではある。
作者自身も何をどうすれば良いのかわからずに外部の声によって主役を変えていったようでもあり、必然的にそうなったようでもあり、奇妙なブレをする連作中篇というとこかな。さらに後に続くおんなのこ物語
では、録茶夢の最初に戻ってやり直しをしている感じがした。
最初、どうでも良さそうなコミックバンドのギグから物語が始まる。フロアの後ろに黒メガネの連中が立っている。客席の中がざわつく。黒メガネの連中は結構知られたバンドで、名前はスラン。
ここでヴォクトのスラン(1940年)を思い出すのはやはり正解なのかも知れない。Xメンのような受け入れられずに苦悩するミュータントもののハシリの作品だ。次々とイベントが起き続けるローラーコースタースタイルの小説であり、状況設定も卓抜(人間対スランとすると、読者がスラン側に感情移入しにくくなることを回避するために、さらにスランをミューテーションした新スランという敵を作って物語を回すというようなことをしている)だ。
母の思念が、考え込んでいた彼の心をつらぬいた。
「前からもやってきたわ。ジョミー。別の何人かが通りを横切ってくる。さあ、あなたは逃げてちょうだい。おかあさんの話したことを忘れずにね。いい? 生きる目的はただ1つなのですよ。スランがあたりまえの生活を送れるような世界を作り上げること。
―― 世界SF全集17 P.8から
デビルマンのようでもあり、ハリーポッターのようでもある。
スランの連中がここに来たのはドラマーの八神を借りるためだ。
この時点のスランは黒メガネのギター、ベース、キーボード(めんたんぴんのキーボードがモデルじゃないかな? 今ではハイロウズ)のその他大勢に、見るからに主役顔のマネージャとボーカルの5人組で、ドラマーは怪我のために抜けたという設定だ。この設定が妙に現実的でおもしろい。クラッシュやPILのようにドラマーが不定というのはありえるパターンだからだ。
かくして、主人公が3人という状態になる。八神、マネージャの水野、ボーカルの安部。他のメンバーはホンダ、スズキ、トヨタなので全然、物語とは関係なさそうだ(が、後続の話でだんだん重要になってくるため、最初の設定がいい加減だったことがわかる)。
で、誰がスランかと言えば、当然のようにボーカルということになる。しかし、あまりに度が過ぎて読んでいて痛々しい(ボーカルが、ではない。作者の物語の動かし方がだ)。女性はコミックバンドのキーボード(確か、おんなのこ物語の主人公)が出てくるだけなので、おそらく読者がついていけないだろうという編集者の入れ知恵か、八神が抜けた後の(だが、このエピソードは結構いいのだ。抜けた後の八神と安部の関係が、お互いに無関係なままに意識しあうという状態を両者が持っているということが示される)ドラマーとして水野のイトコが出てくる。で、2編目の主役をやる。彼女はうまく笑うことができず、いつもおどおどしている。ただでさえ、ぴりぴりしているボーカリストをもてあましているところにこれではうまくいかないだろう。と気付いたのかいつの間にか彼女はスターリンモリソンのように後ろに隠れた女性ドラマーの役回りとなってしまう。
ここには少女漫画の文脈はまるでないのではないか? 水野と安部は一緒に暮らしているが、それは確かに安部が行く当てがなくて水野のところに居候をしているだけの関係でしかなく、安部があまりに異常なために水野が引っ張り回されてもまったく物語としては機能していない。
では何があるかというと、ただただ安部の疎外感があるだけだ。最初は単なる頭合わせだったに過ぎないトヨタ、ホンダ、スズキがそれぞれ人間として振る舞いはじめ、背後に生活を持ち動き始め(しかもそれぞれが妙にリアリティがある魅力的な人物たちである)るのだが、彼等がどれだけ安部に親身になろうとも、水野が(バンド活動が好きだが才能がないことに気付き、しかも安部というとんでもない才能の持ち主を見出してしまったために、自分自身の居場所を失ってしまい)困惑しようが、安部はたった1人で真っ黒なコマの中で頭を壁にガンガン打ち付けているだけだ。
この暗闇を晴らすために意外なことにどうでも良さそうだった最初の作品のコミックバンドのボーカルがひょうひょうとした味を入れる。だが、物語の中心が疎外感の固まりなために、物語にひねりを入れることはできても、作品の方向を変えることはできない。
そこで梶山登場。頭が切れ、ビジネスとバンドを切り離して考えられるイヤなヤツだ。物語は急激に動き始める。梶山は印税収入がどこへ流れるかまで計算して曲作りとバンドの主導権を握ろうとする。だが、最後は安部の才能に打ち負かされてしまい逃げてしまうのだが。
かくして、物語はただただ安部の疎外感を表現するという方向にだけ進まざるを得なくなる。再度、梶山が三流テクノバンドをプロデュースして敵対的ギグを仕掛けてくる。話はいくらでもおもしろくなりそうになってくる。しかし、作者はそれを自ら拒絶してしまう。
いまのスランをマネたいならいくらでもするがいい
半年後にはスランは変わってるからね
……
あと追っかけてマネしたってモンクはいわないさ
ネタ切れを心配せずともおれたちが
いつだって1歩先を歩いてやる!!
それでは物語はなりたたないだろう。
八神助けてくれ、テクニックはある、ロックスピリットも充分だ、しかも人柄が良く友達づきあいもできる、そんなお前だけが頼りなんだ。
かくして、おんなのこ物語(しかし、なぜこんな題名にしたのか想像すると興味深い)に続く。
ちなみに、スランの音を想像すると初期のXTCあたりではないかと思うのだがどうかな?
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