著作一覧 |
ゴール女かも。そう言えばジプシー女だし。あの国では女性なんだろうか?
つくづく、おれは、あれが好きだということがわかった。
なんでか知らんが好きなものは好きなわけで、すごくおもしろかった。
とくに、玉が2つあって触り方で音高が変わるやつ(エレクトロニック・ラーガ)。
4つの部屋を順に回るやつ(《ものと音,空間と身体のための4つの作品》――なんか椅子が違うぞ)なんて多分19.2周くらいは楽しく過ごせそうだ。1周で交代するのは残念だ。
子供は江渡さんのModulobeにすっかりはまってしまってずーっと作る場所を占有してたり。で、家に帰ってからもPCに向かってなにやらいろいろ作っている。これは、すごく良い作品だ。だって自分でも作りたくなって(フィードバックが得られるのが大きいのかも。それと動きがおもしろいとかいろいろ)、しかも実際に作れるわけだから。
こういう作品っていうのは、コンピュータならではだなと、家にある岩井俊雄さんのエレクトロプランクトンとかシムチューンとかを思い返してみたり。
メディアってのは口から白い綿を噴出したりするわけだが、ちょうどそんな感じで、どこかに蟠っている白い綿がメディアにふれることでぼわぼわ湧き出してくる、いったいどこにそんなものが詰っていたのか不思議なくらいにいろいろ湧き出してくるのだが、どこに詰っているのやら。
帰りにトルコ料理を食いながらの子供との会話:「林檎が落ちてきて、ああ食べようってだけじゃだめなんだよね?」
「どうして?」
「なんで落ちてくるんだろう、と考えるのが重要なんでしょ」
「ああ、そうか、その通りだ。だけど、それだけでもないような気がするな」
「どうして?」
「なぜ、と考えるのはすごく重要で、それは学者だ。考えなければ何も広げることはできない。でも、それだけでもだめだと思う。さて食べるか、でもこの赤いの取ったらどうなるんだ? 赤いのは何かに使えないかな? 焼いてみたらどうだろう。煮てみるってのもありそうだ。すり潰したらもっとおいしく食べられるかも知れない。塩を振ってみたらどうだろう、とか、いろいろ試して、違う食べ方をしてみるってのも重要だと思うな。多分、それは技術者だ。そうやって失敗したり成功したり、なぜと考えるのとは別に今あるものをあらゆる手段を試して別のものに変えてみる人が必要だ。」
「そうかぁ」
「いずれにしても、ただ落ちてきた林檎を拾って食べるだけじゃだめだってことは変わらないけどね」
その時は考えつかなかったがなぜ落ちたか考える人と、どうすりゃもっとうまく食えるか考える人、でももう1人くらい居たほうが良い。ものが落ちている瞬間を切り取って「不安定」というような題を付ける人だ。
ジェズイットを見習え |