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日々の破片

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2010-05-20

_ 影のない女

新国立劇場で影のない女の初日。

以前、友人からDVDを借りたときは、退屈で死んでしまったので仕事休んで昼寝して、万全の体勢で向かう。

Die Frau Ohne Schatten [DVD] [Import](Cheryl Studer)

(ショルティが振っているのだから悪いはずはないのだが、どえらく退屈した。理由は今になって考えてみればシュトラウス版「魔笛」という能書きによって妙な方向へ期待していたのが裏切られたからだとか、象徴的な内容なのに英語字幕(したがって80%程度しか意味がとれず、行間に至ってはほぼ読めない)で読解しようとしたから置いて行かれたとか、演出が(新国立劇場のドニ・クリエフ版を見た今となっては)汚らしくて世界を把握できなかったとか、いろいろ)

どえらく感動した。

生まれざる子供が2幕の終盤で歌う(うろ覚え)「早くお外に出してよ、お父さんって呼びたいよ。早くお外に出してよ、お母さんって呼ばせてよ」で、思わず目に涙。この一瞬に、子供が出てきて空気を吸ってそれまで紫色だった皮膚がみるみる赤みを帯びてきて、そしてホエーみたいな声を出して(やっと外に出られたよ)、やあ、やって来たね、待ってたよ、それがどんどこ成長して一緒に手をつないで歩いてといった情景が浮かび上がる、これが子供を持つってことなんだな。不思議なものだ。ホフマンスタールがどうして影があるということを子供を産むということに結び付けたのか不思議ではあるが、自分のもうひとつの姿を持つということなのかね。ただ、3幕最後のばかみたいな4重奏はあれ? もうすぐナチスがやってくるの? そうなの? という気持ちの悪さを感じたけど。ハ長調って気分悪いな。

さすがに1910年代になっているので、魔王カイコバートの動機と赤い鷹の動機を除くと音楽ははっきりとは覚えていないのだが(ここはおもしろいな。どうも音楽を覚えるときは、まず隣あう音の音高差で覚えるのだろう。だから、3度と5度が中心となる調性を持ついわゆるメロディーはすぐに覚えられるのに(すぐに忘れもするけど)、半音階が多用されるとすぐに忘れてしまうらしい。おそらくどのように音楽を覚えるかといったところで絶対音感と相対音感がもっとも分かれるところなのかも知れない)、精妙(2幕の途中のセロだと思うがソロとか、3幕最初のファゴットだと思うけどソロとか、途中のまったく自信がないがヴィオラ(セロかなぁ)のソロとか)かつ荘厳かつエロティック(音楽のエロっぽさというのは本当に不思議なもので、何より音色が重要な気がするのは字面ではなく空気の振動に関連するのかも知れない)で、あーなるほどヴァグナー以後のドイツの楽劇であるなぁと納得しまくる。

とにかく演出がすばらしい(ショルティ版というかフリードリッヒ版比)。この楽劇はやたらめったらと場が転換するのだが、木でできた家屋のシルエット(しかひひっくり返すと室内となる)群と、石を詰め込んだ岩のシルエットではなく塊というか壁というか群を、おしゃれな黒子を動員してその場で入れ替えたりひっくり返したりして、その場にあった情景に変えるのだが、そのスピード感が無限旋律とぴったりと合っている。しかも床のガラスを張った穴(泉のようでもあり影をつくらないための地面でもあり、下界への穴でもあり、窓から差し込む光であり)が効果的、照明も良い。赤い鷹と金色の生命の水に血が浮かび赤くなる、を示す赤い光、突如さす白い明るい光。バラクの妻の理不尽な現実に対する不満(しかし、いまわの際でのなびき方を観て、ああ、これがツンデレというものなのか、と目から鱗が落ちまくるのは、まさにお伽話。っていうか、この楽劇って、なんというか、子供奥さんがいろいろあって大人奥さんになる話なんだな、実に下世話でくだらない気がするけどまあそれがオペラ)の視覚化。

バラクと兄弟は比較的清潔で旧約聖書のような不潔さがあるフリードリッヒ版と異なり、自然な人間の世界。魚を揚げる鍋がアルミ(ステンレスかも)のズン胴というモダンさ。というか揚げるのには使わないだろ。子供を呼んだパーティーのシーンは陽気にして優雅、この演出であればバラクの妻の苛立ちのもつ理不尽さが強調され、それによって物語がきわめて明晰になる。

歌手もよかった。皇后は先日のルツェルンかどこかのテレビでやったトスカを演じていたエミリーマギー。声も顔もきれいで皇后のかわいらしさ(ガゼルになって野山をこないだまで駆け回っていたくらいで、当然のように影を持たない)と、「だが断る」のきっぱりの箇所の演技とか。

バラク夫婦も好きで、特におれはバラクに非常に説得力を感じた。ラルフ・ルーカスとかいう人でバイロイトではグンターとかドンナーということはこれから期待の新人というところなのだろうが、立派なものだった。奥さんのフリーデは新国立のお気に入りなのだろう。これまたあの不快な役をヒステリックにならずに見せてくれる好演。

どう考えても主人に忠実な良き乳母なのに最後は地獄に落とされる不幸な役の人は3頭身にカルカチュアされているが、これまた良い声。ヘンシェルという人。名脇役(メゾだし)なのだろう。

オーケストラは時たま外したりしたような気がするが(しかしもともとが半音階を多用している無調に近い調性音楽なのでスコア通りかも知れないけど)、実に説得力がある良い合奏だった。指揮者も良かったのだろう。

これはDVD化されると良いな。というかもしBDしか出なかったらおれはBDプレイヤーを買うくらいの実に見事なキラーコンテンツ足りえる作品だった。


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