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高校の頃、タンザニアの音楽のLP(小泉文夫監修だと思う)を聴いて、親指ピアノにえらく魅かれた。サバンナを旅するときに、ピンピン鳴らしながら歩いていく。旅に必要なものは音楽を奏でる自分自身だ、というわけだ。
で、そういう楽器はクレヨンハウスみたいなところに置いてあったりするのだが、どうもぴんと来ない。
が、たまたまアマゾンでピアノを見ていたら、親指ピアノの本が目についたので買ったのだった。
ピアノ道場ということで弾き方も確かに出ている(ジンバブエのムビラ)のだが、それ以上に、筆者がタンザニアのリンバ奏者に弟子入りして(先生は元音大の教授なのだが、ちょっと先進国の教授というのとは違う)自分で弾き方と楽器の仕組み(鳴らせ方)を解明していくところのおもしろさとか抜群。親指ピアノという楽器を通してのアフリカ発見といった具体性を伴う地に足がついたというか鍵盤に指を触れている生々しさが文章にあるからだ。教本といっても全体の1/3が筆者のアフリカ親指ピアノ探究の滞在記、1/3が親指ピアノにまつわるアフリカの思い出話、残り1/3がムビラの弾き方の説明で、特に最初の1/3が良くて、教本の部分はいらないからもっと読ませろという気分になった。
それだけではなく、筆者に共感できるのが、筆者自身が現代に生きる日本人の音楽家(でもアフリカの楽器を利用する)という立場で親指ピアノに付き合っているところだ。
そういう立場なので、アフリカの大地が運ぶ風がどうしたみたいなキャッチがついたコンサートに出演してしまった後の観客の反応に対するとまどいと悩みであるとか、現地のフェスティバルに登壇した時の観光客の反応(アフリカ人の尺八奏者が日本の尺八フェスティバルに登壇していて、そういうフェスティバルだから現地の日本人より海外観光客(というのは通常、白人を意味する)の観客のほうが多くて、その観光客がなんだ本場の音楽家じゃないのかと思わず感じてする反応というような表現をしている)に向き合うしかないよねぇという一種の諦観とかが誠実で読んでいて気分が良かった。で、終わった後、現地の音楽家の友人から、お前の楽器(筆者の自作の親指ピアノ)はいいねぇ、おれに譲ってくれないかと言われたのが嬉しかったとか書いてあるので、読者のこっちも思わず、おおすげぇじゃんと思えるわけなのだった。
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