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日々の破片

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2012-05-02

_ 映画を観る日

久しぶりに映画を観に行く。

最初はユーロスペースで、アキカウリスマキのルアーブル。映画館についたら、ジジババばかりで唖然とする。なんか、おれが最初に見始めた頃に観に来ていた連中(おれを含む)が、そのまま歳月を重ねただけで、まーったく新しい観客を集められていないんだなぁと思わずにはいられない。で、じじばばばかりでほぼ満席。

駅の中でアジア人と初老のおっさんの靴磨き。いつものアキカウリスマキの俳優(浮雲の悪役とかやった人)がスーツ姿で来て靴を磨かせる。カメラ切り替えてコートの男。いつもの俳優。カメラ切り替えて別のコートの俳優。

おー、昔懐かしい映画話法だなぁと観ていると当然のように、いつもの俳優は靴磨きを中断させ、金を払い、画面の外へ消える。銃声。

「でも金はもらった」

というところから始まる。音楽は、マカロニウェスタン調。

したがって、どういう物語が展開されるかまったくわからない。

妻との関係(妻はフィンランド人)をパン屋のおばさんが話す。

妻、夫を酒場に送り出した後(窓辺に立って外を観る。家の外のカメラが戸口から左へ曲がって行く夫、窓辺を立ち去る妻。教科書みたいなカメラの使い方にしびれまくる)、腹を抱えて机に突っ伏せる。

夜警がコンテナを叩くと赤ん坊の泣き声がする。

朝、3週間放置されたコンテナ。「生きているのか?」「水と空気と運があれば」。内閣の要請で配置される狙撃手。コンテナを開けると黒人がたくさん。こちらを凝視する。老人と子供が目配せする。走り出す子供。狙撃手が撃とうとすると現場の責任者が止める。

で、いかにも日本の長屋人情物語が展開されて、最後は文句のつけようがないハッピーエンドで終わる。珍しい。

リトルボブの元に妻が帰るシーンでの妙な盛り上げ方。

カレーの難民キャンプでのカレー鍋。

愛国者のジャンピエールレオー。本当はベトナム難民の同僚。子供の赤いコートを掴むジャンピエールレオーの腕を掴む同僚の赤いコートの腕。

映画みたいな映画で、本当に楽しかった。やっぱり映画は映画じゃなきゃつまらんな。

で、こんだ、イメージフォーラムで、ロメールの3重スパイ。1933年の人民戦線と続く独ソ不可侵条約を背景に、パリの白軍将校とギリシャ人の妻の生活。階上には共産党員。

ロメールの映画ならではの会話の連続なのだが、途中、だれた。だれたのは、本来最もサスペンスがあるはずの、白軍軍人協会の会長の失踪のあたりなのでちょっと不思議なのだが、なんでだろうな。

3重スパイ(諜報員のほうが良さそうだが)の意味は、パリの白軍将校=対ソ情宣活動+ソ連=コミンテルン=共産党の情宣+ナチスの意味。

一応、歴史劇なので、理不尽なくらいに悪気のないギリシャ人の奥さんは逮捕、懲役、獄死する。夫の行方についてはPOUMと同じことになったのだろうという会話で終了する。

会話の精緻さと脚本のおもしろさは相変わらずにさえにさえているのだが、あまりぱっとしなかったような。前半の奥さんが共産党員の陰気な娘のスケッチを描くところとかはえらくおもしろかったが、後半のサスペンスがいまひとつなのは、おそらく物語に引きずられてもっとフリッツラングみたいな映像を期待してしまったからかも知れない。が、ロメールはそういう過剰な演出をまったくしない人なのだから、別の観方をしなければだめだったのだろう。

続けて、シャブロルの刑事ベラミ。これは文句ない娯楽作品なのだが、例によって妙な脚本。

冒頭、崖の下の焼け焦げた自動車と、その脇の首がもげた黒焦げ死体。

バカンスで奥さんの実家がある南仏に来ているベラミ夫妻。あやしい男が庭をうろつく。奥さんが玄関に出る。男は電話番号を告げる。奥さん、メモも取らずにふんふんしている。男、メモを取らないのかと訊く。ああ、まったく取り付く島もないのだな、とがっかりして帰る。

夫が奥さんに訊く。電話番号を告げた。番号は? 私が覚えているとでも? もちろん。奥さん、ペラペラ番号を復唱する。夫、メモを取る。なんじゃこりゃ。

で、この奥さんがやたらとコケティッシュで、おお、これがフランス人の夫婦生活か、と思ったりしていると、見るからにゲイの歯医者がやってきて、帰宅した後、ベラミ刑事はゲイが嫌いだということがわかる。

庭の花壇に踏まれた跡を見つけてベラミ警部は怒って、男に電話する。留守だ。と言う調子で、保険金殺人の謎を追うのだが、謎は最初からなくて、映画の中での人間関係のもつれを明確化していくことだけが目的のような物語。最後、ベラミ警部の入れ知恵で弁護士はブラッサン(の墓を観に行くというのが、死体の原因だからだ)の歌を歌って保険屋の無罪を勝ち取る。ベラミ警部は家族に溺愛されている弟を殺そうとしたことを思い出す。その頃、弟は交通事故で死ぬ。おしまい。

なんだ、これ? と物語については思うのだが、映画としてはごくごく普通に映画でおもしろかった。

本日のツッコミ(全6件) [ツッコミを入れる]
_ ram (2012-05-04 10:37)

くうっ、と声がもれてしまいました。上を読み終わって、観に行きたさが募って、思わず知らずに、くううっーと。新作公開に先駆け、ユーロが行ったアキカウリスマキ特集に気づかなかった件も猛省したので、なんとかがんばって足運びます。「映画」が観たい。背中押していただきました。ありがとうございます。

_ arton (2012-05-04 10:43)

いやー、本当におもしろかったですよ! 視線による人情物語は、映画の醍醐味。

_ ram (2012-05-20 21:10)

土曜日に行って来ました、靴磨き。映画らしい映画、強引に人を巻き込んだりせず、気になるものを半歩、一歩先にすっすと置いていい具合にひっぱっていってくれる。ラストシーン、奥さんがすらりと立ってて笑ってしまった。あ、やっぱり↑のように銀髪の皆様が多数ご来場でしたよー。

_ arton (2012-05-21 23:12)

あー、確かに。あの女優さんの意味なく途方に暮れたような感じがまた良いですね(なんか、ハッピーエンドになっちゃってどうしましょ、みたいな)。

_ ram (2012-05-23 02:21)

でも、あのラストシーンで包み紙を持って家に帰ってきますよねー。あれって、ほんとうは奥さん死んじゃってるの?とも思えるような変な小技の演出?とも思ったんです。ネタバレでばいふろには書かなかったけど。。。

_ arton (2012-05-23 03:12)

あー、言われてみればそうも取れますね。そもそもベッドの上に包みが置いてある時点で、まあそうなるよな、と感じたわけだし。僕は、ちょっと記憶が曖昧になっていますが、黄色い服を着ている=帰れないつもりで鞄とか持ち込んでいなかったので来るときに着ていた服を代わりに包んだんだろうとストレートに受け取っていました。


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