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先日、妻が、ほいよと言いながらボリバル侯爵という題のハードカバーを渡して来た。図書館に行ったらお前が好きそうな本があったから借りてやったんで恩に着ろよとか言う。
にしても、ボリバルと言えばシモンボリバルしか知らないし、あいつは侯爵ではなかったし、と読み始めると、あまりのおもしろさに卒倒しながら読み終わってしまった。
ドイツは旧ライン同盟に属する小国の領主が死ぬ。その遺品を整理していたら、それまで誰も知らなかった領主の青年時代の遺稿が見つかった。その遺稿は、ライン同盟諸国として、ナポレオン軍のスペイン派遣部隊として派遣された時の記録だ。それまで謎とされていた2つの部隊が全滅するまでの全貌がそれによって始めて明らかとなった。しかし、あまりに不可解な内容であり、歴史学会は紛糾する。これは事実か妄想か。
というような前置きで始まるもう一つの歴史の物語である。
領主は当時18歳、少尉として10数名から成る騎兵隊の隊長として大佐率いる部隊に配属されている。
ナポレオンの軍隊だが、舞台はスペインの小村、部隊はライン同盟諸国の混成で大佐の配下に6人の尉官(領主はもう一人の少尉と共にその中では一番の下っ端)、対戦相手はスペインの反体制(当時はナポレオンの兄貴が国王なので、ナポレオンが体制側)ゲリラ(ウェリントンの手先のイギリス将校が参謀として参加)、村人は野蛮で略奪大好きなゲリラよりもナポレオンの軍隊のほうに好意的、というような状況だ。
部隊はゲリラを壊滅状態に追い込み、意気揚々と村に入る。村人のほとんどは歓迎する。
少尉はそこで不思議な男を見る。いかめしい顔で歩いているが、次々と村人に声をかけられる「ボリバル侯爵おはようございます「これはボリバル侯爵ではございませぬか」しかし、男はまったく相手にせずにそのまま通り過ぎる。
頭がおかしいのか?
しかし、後になって市長(村と書いているのだが村長じゃないじゃん。というわけで、翻訳は比較的いい加減だ。ひどいのは、ボリバル侯爵のセリフが一か所だけ「ですます調」になるところで、下訳をそのまま推敲忘れて出してしまったとしか思えない。が、物語の抜群のおもしろさのために、気にはなるが問題とはならない)に聞くと、いやそれだけではなく誰に聞いてもボリバル侯爵は実に優れた男だというではないか、まったくわからない。
実はボリバル侯爵は変装名人で、年齢から姿かたちまで全くの別人に化けることができるのだ。しかし欠点がある。「ボリバル侯爵」という名前を耳にすると、言葉の主を見てしまうのだ。それでは変装が台無しだ。というわけで、名前を呼ばれても無視する訓練をしていたのだ。
というのもボリバル侯爵はゲリラのためにライン同盟部隊殲滅作戦を授け(その作戦と行動のための合図については、たまたま負傷したため部隊とは別行動を取っていた将校が内容を聞いていたのでライン同盟部隊にとっては既知なのだが)、そのためには、侯爵自身が変装して村を自由に移動する必要があり、そのような奇怪な行動を取っていたのだ。
ところで、部隊の6人の尉官には共通の秘密があった。
全員、大佐の妻と関係を持っていたのだ。もしそれが大佐に知られたらどのような破局が訪れるか、それが問題だった。とはいうものの、ゲリラを撃退して村に入って一安心と、全員集まって酔っ払いながら大佐の妻の思い出話をしていたわけだが、ふと気づくと見知らぬ男がその場にいる。別部隊の将官が連れて来た驢馬引きの男だ。これはまずい。というわけで、難癖をつけて闇に葬ろうとする。
するとラッキーなことに、別部隊に徴用されたが盗みを働いて逃亡したことがわかる。では銃殺だ。
殺された驢馬引きは、少尉の目の前でみるみる変身し、昼に見たボリバル侯爵の姿に戻る。そういうことだったのか! それで盗みを働いたのに、のうのうと村にいたのか(つまり、ボリバル侯爵は、変装した相手がまさか盗みを働いて村から出て行ったということまでは知らなかったのだ)。
というわけで、始まってあっという間にボリバル侯爵は退場してしまう。
だが、最初のところで、読者はライン同盟部隊が全滅することは知らされている。
縦横無尽に伏線を張り巡らし、しかし決して緻密でも稠密でもなく、むしろえらく大雑把な法螺話っぽく、それでいてほとんど瑕疵なく、まったく破綻なく、部隊は全滅し、さまよえるユダヤ人はやはり死に損ない(なぜか唐突にさまよえるユダヤ人が物語に介入してくる)、そして少尉だけは生還する。
堪能した。
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