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ドゥマゴにタルトタタンを食いに行ったら、品切れと言われた。なら普通の菓子でも食おうかと妻に聞くと、だったらいらんと言う。というわけで、閉館まで1時間あることになったので、そのまま進化するだまし絵展に入った。
プロローグ(マニエリスムの時代の作品群)ではフレーゲルの作品(陰影の極北とでもいうか)がおもしろかったが、ホンダイは近現代の作品だった。
最初にひっくり返ったのは、田中偉一郎という人のストリート・デストロイヤーで、よもやそんな発想で来るとは、というストリートアーティスト魂にこちらの魂が消えるほどの感銘を受ける。
ピストレットのカメラマンは結構おもしろい。
で、安定の高松次郎(最初に竹橋の国立近代美術館で見た時は確か中学の頃だと思うが、すごく感銘を受けたが、今でもやはり素晴らしい)。
ラリーケイガンの蚊Ⅱとトカゲは嫌いではない。が、圧巻はローズィンの木の鏡でこれは本当におもしろかった。
唐突に思い出したがホックニーというのは長いことただのつまらないワタセケイゾウの芸術版くらいに考えていたのだが、大仏の構造力は衝撃的だった。本物の芸術家だったのだなぁ。ばらばらに撮影した写真を組み合わせて全体を構成する、写真という群盲も数が多ければ全体を掴むことができるという感覚による感動や、ばらばらの写真による全体の再構成というと僕にはトーキングヘッズのモアソングスのジャケットアートがすぐに思い浮かぶのだが、それとは異なる観察するという動きを再構成することで生じるいびつさの表現のうまさとか舌を巻きまくる。
More Songs About Buildings & Food(Talking Heads)
(悪くないなぁ)
オップアートは思い返すと本物をそれほど見たことがなかったのかな? とあらためて新鮮さにびっくりするのが、ソトの黒のTでもう不思議でしょうがない。すごく好きだ。
それにくらべるとアガムの一連の作品は普通に普遍的に気持ちが良い。感動があるわけではないが、絵画をわざわざ見るに値する気持ちの良さで、美術館というのは良いものだという感覚を得られた。
オッペンハイムは良い。
で、伊藤高志のSPAICYに出会う。
ちょうど、柱を越えたら、モニターにSPICYというクレジットが映り、なんとラッキーなことに冒頭ではないかとそのまま観始める。
700枚の写真というのと、ビデオ作品ということで、単純に1秒に24枚ということはなく、おそらく3枚程度を利用するとして4分程度の作品だろうと観始めたのだが、実際には10分あったらしい。それにしても、最初はゆったりと断続的に体育館を示し、それがだんだん間隔が短くなり、疾走しながら次々と体育館の中に並べられた体育館の写真の中へ飛び込み、飛び出し、スキップし、回転し、プッシュし、ポップし、赤くフラッシュし、青くフラッシュし(たかどうかは記憶にない)、てんかんの発作が起きるのではないか(今まではたまたま出なかっただけで実際のところは持っている可能性がゼロとは言えないだろう)とか、吸い込まれ押し出され、息もつかせぬ面白さ。最良のゴダールの映画よりも刺激的な10分間を満喫した。本当に、おもしろかった。いや、まったく、この作品を体験できただけで満足だ。
しかし、ニュース映像などでみる海外の美術館(といってもジャカルタやアンゴラといった諸国についてはわからなくて、おもにフランスということになるのだが)では観客が普通に携帯で撮影しまくっているが、なんで日本ではだめなんだ? (海外でも原則はだめということになっているが、原則はあくまでも原則なのでそれは現実とは関係ないという運営なのか、そもそもそういう制約はないのか、あるいは床面積あたりの観客の人数から迷惑度が海外では低いという統計的な結果があるからなのか、非常に謎だ)
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