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日々の破片

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2014-11-30

_ おばあさんが死んだ

妻が図書館から本を借りてきてテーブルの上に置いたので何気なく手に取る。沢木耕太郎か、ふーん、と戻そうとしたら、最初のやつを読めというので、読んだ。

最初の作品は『おばあさんが死んだ』とやたらと直截的な題で、一瞬の夏とか彼らの流儀だのといった奥行のある良く知っているタイトルとは違うので違和感を持っていると、妻が追い打ちをかけるように、まだデビュー仕立ての頃の作品だという。そんなものか。

で、読み始めた。

糞尿にまみれて老婆が衰弱しているのが大家によって発見されて救急車で運ばれる。私は医者だ、問題ない、帰るとか大暴れして手がつけられない。しかし衰弱しきっていて、発見されたときには既に餓死寸前、結局すぐに死んだ。21世紀の話ではなく1970年代中期のことである。というか、今よりも元気が良いところが1970年代っぽいなぁと思いながら読んでいると、家を片付けるために大家が入ってびっくり仰天、老婆が寝ていた同じ布団の中からミイラが出てきた。老婆の兄らしい。死んで1年以上はたつ。さらに、老婆がつけていたノートが出てくる。英語で書いてある。

そこからルポルタージュが始まる。

沢木耕太郎はいかなる漂流の果てにミイラの脇で餓死した(したのは病院だが、既に死んでいたようなものだ)のか彼女の人生を調べていく。

医者だといっていたのは嘘ではなく、昭和2年に神奈川の歯医者の学校を卒業して松本で開業医をしていたことがわかる。

その後、戦後になって窮乏していると、歯科医師会の配慮で埼玉の歯科医に雇ってもらえる。が、途中でやめて掛川の歯科医へ行く。そこをすぐやめて浜松の歯医者に勤める(順序は忘れた。長野→埼玉→静岡と少しずつ南へ進んでいるということだけが重要なのだった)。

眼が悪くなり、技術は過去のもの、新しい技術を学ぶことができず(と埼玉の証言)、患者からの評判は悪く(それで静岡の最初の歯医者はすぐにやめた)、しかし最後の歯医者ではそれなりに続いていた。

そこの院長が歯科技師で、つまり偽医者だったので本当の医師免許を持った医者を置いておきたかったからだ。ニセ医者とは言え、当時のことなので、歯医者の領分の歯型取りと、技師の領分の入れ歯(詰め物)作りを一人でやるため、他の歯医者よりもぴったりとした良いものを入れてくれると町では評判が良い。

が、時勢が悪く、マスコミによる偽医者追放キャンペーン(1970年代には戦後のどさくさで医者を名乗って仕事を始めた連中がたくさん残っていた)に怖気をふるって医院を閉鎖してしまったのだ。

その後は新たに雇ってくれるところがないことを悟り、ひたすら死へ向かって生きていくことになり、ついに兄が死に、自分も死ぬ。

沢木耕太郎は家族を探すがすべて取材を断られる。この兄妹は家系には存在しなかったことのようになっているのだ。

最後の手掛かりとして東京のほうの歯科女学校を卒業したという情報だけから在学していた歯科学校を探し出し、数人の同窓生の名前だけを知る(ここはエピソードとしておもしろい)。

女医なので姓が変わっていたらアウトだなと考えながら調べると、すぐに見つかった。姓が変わっていないとはラッキーだ。しかし会ってくれた女医さん(当然おばあさんだ)が話す。

あの頃、職業婦人になろうという人は訳があるものよ(金を稼ぐ必要があるという)。だから同窓の2/3は結婚なんてしてないしね(死んだばあさんは同窓生とのつきあいを絶っていたが、全員が全員疎遠になっているわけではない)。(間に戦争も入っているわけだが、ここでは日中戦争や太平洋戦争のことはまったく出て来ないし、おそらく死んだ婆さんにとってもあまり関係ない)

せっかく見つけ出したものの彼女は死んだ婆さんのことをあまり覚えていないという。印象が薄い。そういえばなんとか先生が可愛がっていたから聞いてみたらどうかしらね。

しかしなんとか先生も沢木耕太郎の取材を完全拒否する。

結局、彼女の人生はどのようなものだったかまったくわからないまま、入手したノートをを見る。失業してから死ぬまでの間の出納帳が細かく書かれている。収入がゼロなので少しずつ貯金がなくなっていくのが見える。きちんとつけているので、餓死がいつになるかが可視化されている。

沢木耕太郎が調べることができた事実だけが提示されている。

語られていないところに家族関係であるとか、心の動きであるとか、時代の変遷つまり経済や政治の流れがある。

実に恐怖に満ちた物語だ。

人の砂漠 (新潮文庫)(耕太郎, 沢木)


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