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HONZの『慰安婦 パンパン 浮浪児 特攻くずれ 在日 そしてそれぞれの思い 『あれよ星屑』』の書評が抜群に良かったので、あれよ星屑をまとめ買いして、寝る前にまとめ読みしたら朝になりかけていた。
文句ない傑作だ。魂が震えた。仮にこの後(まだ全然途中なのだ)どれだけぐだぐだになろうとも、不朽の名作として残るに違いない。細かな登場人物たちも作中に語られない過去があっての現在を生きているので物語の厚みが凄まじい。
舞台は戦後の瓦礫となった東京と日中戦争末期の中国を行き来する。
ほとんど内心を吐露しないが生き残ったことに対する忸怩たる思いを抱えて酒浸りの日を過ごしている川島徳太郎というとインテリと、川島の軍隊時代の部下の黒田門松という熊のような大男(引き揚げ後、すぐに置き引きにあって素寒貧で登場するが、単純明快、直情径行、粗暴だが気が良い)を中心に、インテリやくざの金子、金子の戦死した弟(これが実に味のある男なのだが、川島の部下だったという設定)の許嫁で小料理屋を営む菊子とスミ子の姉妹、門松が戦前に関係した元スリのお吉を中心とした街娼4人組、犬がとりもつ縁で知り合った浮浪児集団、金子が厄介になっている組の若い連中(いつの間にか黒田と仲良くなっているが、そういう描写にも黒田の性格が語られているのが実に心地良い)、川島と黒田が暮らす廃車住宅の隣に住む昭坊親子、特攻隊生き残りで背中に七生報国と墨を入れてしまったために本来の帰属集団と日本人意識の間で苦しむ在日朝鮮人(になってしまった)の木村、川島の友人にして理解者で同期のはずが3階級も差がついている渋木少尉、川島班のしたたかな古参兵と初年兵たちなどなど出てくる人間たちはみな一癖も二癖もあるのだが、それもそのはず、それが人間だ。だから、作品のジャンルとしてはある時代を描いた群集劇による人情話ということになるのだろう。
絵柄も抜群に良い。一本の線でささっと書いているように見えるが、ぽっと空虚な表情を浮かべたり、怒ったり、とまどったり、表情が派手な黒田と陰影がある川島のコンビは当然として、どの人物もみな感情がある。
生き死にを吹けば飛ぶような人生と笑い飛ばす部分と他人であっても些細な縁ができれば生死に平静ではいられない深刻さをないまぜにしたスタイルは、僕にはバロン吉本やつげ忠男の最上の作品群に近いものを感じる。本物のリアリズムだ。川島がとぼけた顔をするときは、ちょっと関川夏央とコンビを組んでいた頃の谷口ジローを彷彿させたりするし、初期の大友克洋の雑なようですさまじく決まった画の作品群のようにも見える。まるで戦後日本のノンジャンル漫画の集大成のようだ。
突然挟まる川島が昭坊に童話を読み聞かせるシーンも悪くない。悪くなさ過ぎてその後のエピソードで川島が受ける衝撃が強調される。作劇上の構成も良いのだ。
B010CQ3R6A
すごい作家がいるものだなぁと感服すると同時に、おそらく今の日本の2/3の人間にはまったく親しみがない日本を描いた作品を発表する場を与える出版社もすごいなと感心した(中高年世代市場を最初から狙っているとか? まさかね)。
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