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本屋へ行ったら岩波文庫でシュニッツラーの中編集が売っていたので買った(いつかは忘れた)。で、読み始めて、2周間くらいかけて読了。
シュニッツラーという名前はウィンナという言葉とペアで知っているのと、たしか輪舞の原作者ということくらいしか知らないので、なんとなく世紀末ウィーンの文人とくらいしか知らずに読み始めて、世紀末というよりも第一次世界大戦後の世界夫人と別れたあとの世界が舞台のようだなと感じる。
3作収められている。
最初は『死んだガブリエル』という掌編で、友人の恋人を奪った(それは秘密)男が、自殺したその友人を恋していた別の女性と会話するという、初期のデプレシャンにありそうなシチュエーションと映像の作品。悪くない。1905年頃の作品だとあとで後書きを読んで知る。
次が相当に長い『夢小説』で、中年の医者とその妻の間にデンマーク旅行へ行ったときから始まる妻の別の男性への恋心の告白とそれに対する主人公の反応から生じる医者の恋の冒険物語のような(すさまじくご都合主義に次々と女性たちから愛される)奇怪な裏世界への探訪、最後に夢からさめたかのように元の家庭生活が再開されるまでを描いた作品。
これは傑作だった。作品としては。読んでいて類推されるのはバルザックの大傑作群だったが、主人公の徹底的な身勝手さとそれの犠牲となる女性たちという構造と、まったくそれに対しては無頓着な主人公(=作者)の身勝手さがあるように思える(と、21世紀倫理感を持つにいたった読者には目に余るものとして受容されるのだった)。
題のいい加減さが示すように、どう考えても、作家がいつでも放り投げられるように妄想を書き綴っただけのようにも思える反面、地理的な移動感(移動は馬車だ)、時間経過がきちんと描かれていて、妙な触感(リアリティへの目配せ)があり、しかし描かれる世界のあり得なさとあり得る可能性、中流家庭の主人公に配される下流の女性、上流らしき女性たち、おそろしく情動的でありながら客観的(主人公は常に自分の心理状態を分析しながら作品世界を冒険する)で、都市の迷宮性を作品構造の迷宮に収めていて抜群におもしろい。
1907年に初稿を作り、作品として世に出したのが1925年ということは、世紀末文学から世界秩序崩壊後文学を含めた作品なのだろう。
抜群におもしろいのだが、常に取ってつけた人工感が違和感としてつきまとい(何しろタイトルが『夢小説』だ)、それが実に微妙な陰影となる。
と、堪能したあとに『闇への逃走』(というか、このタイトルがあったので、食指をそそられて購入したのだ)というどこかコンラッド風なタイトルの作品へ進む。
神経衰弱(20世紀前半の文学的モティーフだ)による長期療養から職場へ復帰した男が、自分が実は殺人者ではないかという妄念に囚われ、絶対的な味方であるべきであり実際にそうでありそれは徹底的に了解しているにもかかわらず、兄に対する疑念を抱き死へ至るまでの道程を描いた、悲劇で終わるディックの非SF作品のような(一番の疑念は自分が自分が知っている自分であるかどうか、ということだ)作品。
読み進めるのが苦痛な箇所(あまりに主人公が迷い続けるのでうんざりさせられる箇所が結構な頻度で出現する)もあるが、全体としてはおもしろい。が夢小説ほど自由闊達ではないので、辛みもある。初稿1917年発表1931年ということは、世界秩序崩壊後に書き始めたということだろうから、それが影響している可能性はある。世紀末文学にある破滅へのわくわくする期待感(誰でも破滅はいやだが、破滅するのではないかという恐怖感は楽しめるものなのだ)が欠片も無いからだ。ひたすら陰鬱だ。が、これもまた傑作なのだとは思える。おもしろかった。それにしても逃走先が闇だと最初から明らかなのはなかなか思い切ったタイトルだなぁ。
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