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通勤時に読んでいた誰が音楽をタダにした? を読了。
とてつもなくおもしろかった。インタビューや取材から再構成した1970年代から2000年代にかけての音楽の圧縮技術、マネタイズ(とレコード業界の栄枯盛衰、買収戦略)、盗難/共用技術と組織経営の3点を柱とした優れたノンフィクションノベルだ。このジャンルとしては大傑作だ。読書の楽しみを味わいまくった。
主要登場人物は3人(もっとも良く取材に応じてくれた人ということだろうが、明らかに異なる角度からの最重要人物たちからインタビューを取れたことそのものとその視点において、この作品が大傑作になることが保証されたようなものだと思う。あらためてすごい作家だ)。
1人はカールハインツブランデンブルク(辺境伯の子孫か?)というMP3の開発者。指導教官-学生の3代にわたる心理学的応用と圧縮技術の研究成果として元音源を1/12まで圧縮したMP3によって巨万の富と名誉を築く。ただし最初のうちは、フィリップスの陰謀やら政治によって絶望的な戦いになるのだが(MP2に標準を奪われたり)、スポーツ中継用として地歩を固めると同時にネットワークに放流したほぼフリーなエンコーダーとデコーダーによってインターネット標準の音源圧縮技術として莫大なライセンス収益を稼ぎ出すことになる。とてつもなくおもしろいパート。本人は少なくとも表立っては著作権侵害に利用されるのがいやでAACの開発へ進むことになる(が、収益は収益)。
1人は、デル・グローバー。ユニバーサルのCDプレス工場の労働者だ(影の主役としてカリと呼ばれる組織のリーダーもいる)。ガンガンCDを盗んではリッピングしてチーム(シーンという用語が利用される)のサーバーへ放流する。盗難のためのテクニックや、他チームの仕事のDVDのデータで稼いだりしまくるが、根は働き者。働き者が表で評価されてどんどん労働者としては出世するが、裏でも評価されてラップについては世界1の流出元となった(ようだ)。(刑務所で満期を勤め上げたあとにインタビューに応じたらしい)一方彼が知らないうちに流出先となった、パイレーツベイやナップスター、イギリスのピンクハウス(オウナーの金子と、軽口を叩こうとしたら、P2Pを語る上では欠かせない実在人物と名前が被ることに気付いてやめた)のサーバー管理者(提供者でもある)などの配布サイトとそれらを支えるドメイン、サーバーファーム、P2P技術についてもそれなりに書かれていたりもする。
1人はダグ・モリス。あまり売れないソングライターから出発して、マーケティングのコツを見つけて、最後はユニバーサルのCEOに上り詰める(本書執筆の時点ではソニーミュージックの相談役かなにか)。音楽泥棒や、iPod→iPhoneと起爆剤としてのiTSを作ろうとしているジョブズとからんだりしながら、音楽業界の生き残りの道を探る。孫と一緒にYoutubeを観ていて、VEVOを設立してグーグルから広告収入を取り返すビジネスモデルを発案したりもする(この条りは胸熱。すごいビジネスマンはすごいということの見事な具体例だが、思考描写が無茶苦茶うまい)。影の主役としてシーグラムを崩壊させた3代目や、55セントやらドクターなんとかとかスヌープドッグやらのラッパーが出てくる。彼らにとっては重要な金づるでもあった。
このお互いに出会う事が有り得ない3人が時代の流れに応じて考え、行動し、世界を変えていく様子が、他の人物や音楽業界、インターネット業界、コンピューティング業界のビジネスモデルや技術動向とともに書かれている。
抜群だ。
すげぇ作家だということでもある。ノンフィクションノベルとしては、メイラーあたりよりも遙かに優れている。ほとんどカポーティの領域だ。
誰が音楽をタダにした?──巨大産業をぶっ潰した男たち (ハヤカワ文庫 NF)(スティーヴン ウィット)
・おれは一体、いつごろMP3と出会ったか? と思い出してみると20世紀のほぼ終わりか21世紀の頭頃に、何かの拍子でたどり着いた女子大生か女子高生のサイトで、CD1枚に7枚だか8枚だか入るからどうしたとか書いてあるのを読んだのと、Winamp(当然本書でも開発者が出てくるが、Nullsoftについても少し触れられている、で思い出したが、Gnutellaのカタカナ表記が間違っていて気になったような)を眺めたあたりかなぁ。なぜかダウンロードした最初の曲だけは覚えていて幸福論なわけだが、それによって椎名林檎のCDを買い集めることになるのは、おれが消え行くCD購入者だからだ。本書によれば、ある程度のマスマーケットとしてのCD購入者はアジアの一部にしか残っていないらしい。おそらく行動の自由に対して非常識な警察国家であるか、ネットワーク/コンピューティング環境が貧弱であるかのどちらかなのだろう。
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