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日々の破片

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2018-08-21

_ 医者の常識と赤ちゃん突然死

Factfullnessをちまちまと通勤中に読んでいてやっと半分まで来た。(途中で他の本を読んだりしているので、さすがに額面通りの速度ではない)

現実の数字と印象の数字を比較して、正しく世界を認識するための方法論を提示するという実に興味深いし、かつおもしろい本なのだが、一般化に注意せよという項を読んでいて、以前引っかかった記憶が思い出されたのでメモ。

最終的に60000の生命というコストを払うことになった一般化の罠に、自分もはまっていたときのことを書いている。

1974年に筆者がショッピングセンターに行くと、ベビーカーに赤ちゃんを入れた母親が一心不乱にパンを選んでいるところに出くわす。赤ちゃんは仰向けに寝ていた。その瞬間、習ったばかりの知識から筆者は赤ちゃんを抱きあげると(筆者は医師なのだ)うつぶせに寝かせて、仰天する母親に説教を垂れる。仰向けに寝かせると吐瀉物によって窒息する危険があるのだ!

これは第2次世界大戦と朝鮮戦争から得られた教訓で、負傷兵を仰向けに寝かせておくと吐瀉物で窒息する率が圧倒的に高まることから1960年代の主流の考えだったと説明している。実際、これ自体は正しく、2015年のネパール地震のときも多数の生命を救うことになった知見だ。

が、問題は一般化の誤りにあった。赤ちゃんは仮に吐瀉物が喉につまりかけたとしても、もし仰向けであれば横を向くことで窒息を自分で回避できる(昏睡状態の大人とはそこが異なる)。ところが頭が重いため、うつぶせの場合は他の姿勢に変わることができず、突然死の原因となることが、1985年に香港のグループによって確認された(ただし、うつぶせ寝の危険性の理由が完全に解明されたわけではない)。

いずれにしても、赤ん坊をうつぶせに寝かせることは突然死を招くという点から、仰向けに寝かせるよりも遥かに危険だと今ではされている。昏睡状態の大人への対応を当てはめてしまったことが、一般化の問題だ。

Factfulness: Ten Reasons We're Wrong About The World - And Why Things Are Better Than You Think (English Edition)(Rosling, Hans)

20世紀の末のころ、妻がNifty-Serveの子育ての掲示板を良く眺めているのを、横から見ることがあった。

そこに良く目立つ医者を名乗る男(と思われる名前)の書き込みがあり、なにかというと「医者の常識では」で文章を始めては何か説教を書いていて、一読するだけで二流の人物と判断せざるを得なかった。とにかく、「医者の常識」という言葉に強い引っかかりを覚えたからだ。(怪我の場合の消毒について古臭いことを書いていたので、こいつはだめだな、と考えたのかも知れない)

医学の領域の結構大きな範囲は、観察によって得られた知見を元にしているはずだ。であれば、上でFactfullnessの著者が書いているような汎化→特化のフィルタリング前の誤った知見などが当然あり、それらは新たな知見により絶えず刷新する必要がある。したがって「常識」などという概念が入り込む余地はない。あるのは「現時点の研究によれば」という特定時点での知恵の断面だ。

そういった、常識を振り回す医者に限らず、20世紀には低コスト化した工場での薬品製造(薬害エイズ禍が代表)や、MRとの癒着による大量処方など、医療従事者による問題が目立った。

目立ったのはFactfullnessから考えれば、それが異常だから大きく報道されるから目立つのであって、大多数については無問題ということだったわけだが(もっとも、赤ちゃんの寝かせ方や傷口の消毒や火傷治療のような広範囲に長いこと誤った前提がコンセンサスだったものもあるだろう)、今になってみれば、大きな禍根となっているのは、未だに反ワクチンや代替医療推しが一定の支持を集めることになったことだな(医者の常識を疑うという常識による、一般化の罠だ)。


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