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中国の歴史は大体のところわかっているつもりだったが、明から清にかけての王朝交代の間に2か月弱ほど北京を支配した大順というものを知ったのは、叛旗 小説李自成を読んでからだ。叛旗という題と表紙の美しさ、そもそも李自成って誰? という興味から上下2巻を買って読み三嘆した。(本国では続編があるが、翻訳は李自成が他の盗賊を糾合するところで終わっている)
僕がまったく気づきもしなかったのは、どうもそれまで李自成と大順は正史からは無視されていたかららしい。それが、郭沫若(に準じてその後に毛沢東)によって農民反乱からの自治政府構築者という観点で再評価されたという文脈で李自成が広く知られたということらしいのだが、作者の姚雪垠は反右派闘争でやり玉に挙げられた(実体は田壮壮の青い凧に描かれていたようにほとんど運不運(まるでソフトウェアを納品するためには30%のバグをどうしたみたいなもので、職場に100人いれば3人右派がいるというような数値目標があったらしい)なのであまり参考にはならない)りして発表は遅れに遅れたようだ。書き始めたのは1940年代らしいのでまさに郭沫若に刺激されたのだろう。
いずれにしても陳舜臣が手を入れただけあって文章は雄渾にして精緻、実におもしろい小説だった。
再び李自成の名前を見たのは、安能務の中華帝国志を読んでいるときで、まあ癖がある人だけに李自成は俎上に乗せやすかったのかも知れない。
驚いたのは、叛旗ではほとんど水滸伝における呉用のように策を巡らして大活躍する牛金星が木偶の坊としてむしろ足を引っ張る役回りで、代わりに非実在の人物と断った上で(叛旗にはまったく出てこないのは史実ではないからだろう)李巌という挙人が出ずっぱりで状況を解説しながら大活躍することだった。
何しろ、まるで三国志の魯粛のような大人っぷりで義挙を働くのは良いものの、ちょっとした手違いで県令に捕まってしまう。そこをかって街で李厳を見初めた曲技団出身の美貌の女盗賊紅娘子によって牢獄から救出され、そのまま盗賊団の首領に収まるが(演義での後付け登場人物だけに、このあたりは水滸伝が入っている)、そうは言っても所詮は挙人、大事を成すには天命が無い。そこで情報網に引っかかった闖王李自成に合流して天下を目指す(要は、秦末の張良パターンとなる)。
という中華歴史パターンに当てはめた大順建国譚になるのだが、安能の筆になる李厳が実に良い。登極直前の李自成を捕まえて、明日になるとこういう会話を交わすことはできないので今告げておくが、皇帝になっても朝夕は空を見上げて星辰の動きに瞠目し自らの小ささを実感せよ、そうでないと道を誤るぞ、と告げるところは抜群だ。その後の呉三桂(明清の国境の守備をしている将軍で、大順につくか、清につくかで迷っている)との会談での振る舞いっぷりとか、安能版の李厳は実に良かった。
というのは30年近く前までの話。
先日、アマゾンを見てみたら、その名もずばりの李巌と李自成という小説があったので、つい買ってしまって、あっという間に読了した。
まったく知らない筆者だが、どうも中国史に題をとった小説を量産している作家っぽい。
おもしろかったので最後まで一気読みをしたのだが、小説にするために牛金星を極端に卑屈で(安能版でもそうだから、そういう役回りはしょうがないとしても、卑屈っぷりを示すために散々李厳に人物批評をさせているのが)鬱陶しかったり、物語の辻褄を作るために紅娘子を途中で病気退場させたりいろいろ行動させたり(実はこれもおれには鬱陶しい)、崇禎帝の死を王承恩(最後まで皇帝に殉じた宦官)に見届けさせたり(どうも崇禎帝を孤独死させるというのは、中国史においては非常に重要な点らしいので、これはひどい改変。安能版では通説通りに王承恩が後片付けに外している間についに王承恩にも裏切られたと思って孤独に死ぬ)、呉三桂をあまりにも小物として描いていたり、気に食わない点も相当ある。
でも、まあ全体としてはおもしろかったので良いのだが、新書のような小説だなとは思った。
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