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新国立劇場で魔笛。新演出(前回はパスした)の犀を楽しみに観に行く(前回はパスということからわかるように、魔笛は部分的に素晴らしく好きな箇所はあるのだが、全体としては僕には退屈極まりなくてわざわざ劇場へ行くほどのことはないのだ)。
幕に妙な絵が描いてあって期待は高まる。
が、始まるとなんかテンポも良くなくてあまり楽しくない(というか魔笛だ)。
お助けーから三人の侍女が来て良い男だからわたしが留守番、いえ私、が続き、やっとパパゲーノが出てきたと思ったら、妙に鈍重(なぜか変換できないと思ったら、びっくりしたことに数十年の長きにわたってそう読んでいた「どんちょう」ではなかったのか。大辞林でも「どんじゅう」だからどんじゅうなのだろう。恥じ入るよりもさすがに驚いた)で好きになれない。
が、雷鳴一閃、夜の女王の登場でわくわくする。新演出に期待するのはまさにこういうことなのだ。が、これまた妙に(指揮だろう)鈍重で楽しめない。だめだこれ。
が、モノスタトス(なぜかトルコ風)とパミーナは良い。パミーナの砂川は良いな(夜の女王も見た目についてはゾフィーよりもはるかに似合っていて良いのだが(同じ安井)何しろテンポが好きになれない)。良いのだが、パパゲーノがだるくてついに意識がなくなってしまった。おれが好きなパパゲーノとモノスタトスの鉢合わせを見逃した。
ら、子供に突かれて意識を取り戻すとタミーノが魔笛を取り出した。おお、犀が踊る。ここだけは良い。
さらに驚くべきは、むしろ普段ならそこで退屈が頂点に達するザラストロが素晴らしい。あまりに素晴らしくてはじめてまともにザラストロを聴くことになった。オランダ人も素晴らしかったが河野鉄平。
コロナ演出なのか新演出だからか、信者集団が固まらずに、妙に離れて階段状に並ぶのも見た目が最高。
で、一幕終わり。
帰ろうかなぁとか思わなくもなかったが、ザラストロがとてもよかったので2幕も結局観ることにする。
そうしたらびっくりすることに実におもしろい。年を取ったからか、演出のせいか、これまでは夜の女王側しかおもしろくなかったのだが(2幕のザラストロトロの歌はとても良かった)、今回はザラストロ側が抜群におもしろい。
いつもであれば、夜の女王とパパゲーノが出てくると楽しめるのだが、今回はザラストロとパミーナが出てくると楽しめることになってしまった。
が、ザラストロが(大学教授という設定らしいが)、どう見ても新自由主義者の市長みたいに見える。植物園が老朽化したので建て替えるけどそのまま潰して自然食レストランに変えて、図書館が老朽化したので建て替えるけどそのまま図書館は廃止して、企業広告と排除アートの満艦飾で公園を塗り替えるようなやつだ。なるほど、ここは渋谷区だ。
そのために、高貴な血筋でエリート意識むき出しのタミーノと、自堕落で修行嫌いのパパゲーノという、階層間の断絶が強調されまくる。
そうなると鈍重なパパゲーノのささやかな抵抗(パミーナが説明を求めているときに、徹底的にパンを口に押し込んでまで黙ったうえに、タミーノに対して「やればおれにもできるんだ」と偉そうに垂れる)が抜群に生きてくる。
しかしザラストロのあまりの新自由主義っぷりに、部下たちもいろいろ思うところはある。タミーノに試練を与えたら死んでしまうのではないかという声に対して、平然と「神が迎えてくれるからむしろ良いことだ」みたいに答えるザラストロにはさすがについてはいけない。
本来なら貧困の闇の中に閉じ込められて餓死か自殺するように仕向けられたパパゲーノをパパゲーノの担当者は解放する。目の前の餌にされた(ザラストロが用意したというセリフがある)パパゲーナは、パパゲーノは心の目で人を見るような高度なことはできないと見抜き、本来の自分をアピールする。
夜の女王側にも通じてゲリラ的に活躍する三人の護法童子は、ザラストロが柘を削って作った魔法の笛を盗み出してタミーノに与えたように、(由来は不明だが)魔法の鈴をパパゲーノに与えているし、ここぞというときは良き助言をする。
さらに決定的なのは、試練の場の番人2人組だ。
どう考えてもザラストロが許可しているとは考えられないのに、タミーノがパミーナと会話することを許し、さらには二人で入場することを許可する。
そこでパミーナはタミーノに言う。「わたしがあなたを導き、愛がわたしを導く」
パミーナが導かなければタミーノは死んでしまうからだ。
・とするとザラストロは単なる新自由主義者であるだけではなく、御伽話にある娘の悪い父親(求婚者に無理難題を押し付けて殺しまくる。多分前回の犠牲者はハンガリーの皇子だろう。とすると番人はピンとかポンとかいう名前なのかも知れないが、それは父親ではない)でもあり、パミーナは惚れた男のために父親の言いつけに背いて助かる道を示す役回りでもある。
生きて戻ってきたタミーノに「ちっ、生き残ったか」とザラストロは顔をしかめるが、しかし高貴な血をひく義理の息子を宗教団体の次期指導者にするのも既定路線なのでまあ良かろうと納得する。
労働者階級のパパゲーナとパパゲーノはたくさん子供を作ってばんばん税金を搾り取れるから、これまた新自由主義のザラストロにとっては良いことだ。
と大団円。
この演出は抜群に明解で、しかも魔笛の物語上の不都合が全部きれいに解決されていた。
言われてみれば、フリーメーソンの教義は新自由主義と相性が良いというか同じものだった。
あと、妙に打楽器(ピアノまで登場)でオーケストラに色をつけまくっているのはおもしろかった。次はもう少しまじめに1幕も観てみたいものだと反省した。
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