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偸という字は「ユ」と読むのだろうと、「癒」とか「愉」の連想から思い込んでいたのだが、いざ「偸盗」を入力しようとすると、どうあっても変換されない。しょうがないので単漢字変換とやっても「偸」は出てこない。
さすがに、それで自分の間違いを何十年もたって知ることとなった。
で、漢和辞典を引いて「チュウ」(「トウ」)と読むことを知り、さらに意味は「盗」だと知って驚いた。「偸盗」とは盗むを重ねた言葉だったのか(トウトウとも読むようだが、チュウトウが一般的)。
なぜ偸の読みを知りたくなったのかと言えば、芥川龍之介に「偸盗」という作品があることは知っていて、その言葉を使ってみたかったからだ。が、なにしろ「愉」の連想から「ユ」と読むと考えてしまっていたくらいなので、「快盗」の物語なのだろうと完全に誤解していた。
なので読んでみることにした(青空文庫)。
今昔物語の二次創作(か、あるいはその時代を舞台にしたいわゆる王朝もの)だった。
牛車に轢かれて切断された蛇、流行病で死にかけた女性などを執拗に描写して死というもののあり方を示しながら、しかし語られるのはとある盗賊団の破滅の物語であり、そこに見られる様々な愛情のあり様だった。驚くのはすべての愛が成就することで、ここまで幸福な破滅の諸様相を並べるのはそういったカタログ的な小説を書こうと考えたからなのだろう。
軸となるのは、猪熊老夫婦(盗賊団の中心)とその養女沙金(にして猪熊爺の愛人であり、ターゲットの家の主人を篭絡して内部情報を得ては盗賊団を導く司令塔)とその養女を巡って三角関係にある太郎次郎の兄弟、次郎を恋する猪熊の下女阿濃(妊娠中で相手が誰かは藪の中)、猪熊団を構成する豪傑たちの同士愛だ。
今晩、とある館を襲撃するために盗賊団の面々を猪熊婆が招集する。
養女は太郎に馬を盗むように頼み、次郎には主人と同じく篭絡した館の用心棒に襲撃のことを報せたことを告げる。襲撃を待ち構えている以上は盗賊団は壊滅し、太郎は馬を盗むために無理をしてやはり斬り殺されるだろう。私たち二人は安全である。
が、襲撃の直前の描写の次は、追手を殺しながら決死の逃亡を図る次郎の描写に移る。この時間の使い方は鮮烈で、最後には野犬の群れの襲撃(冒頭に出てくる流行病の女性を食べようと出てくるのを次郎に追い払われる因果がある)にまで畳み込まれていく。凄まじい緊迫がある。
そして襲撃の時点に戻って猪熊の婆の爺に対する夫婦愛、爺の自己愛(最後まで自分本位なので赤ん坊にすら自己を投影しきる)、平六の仲間愛(常に仲間の安全を気にかける)、太郎二郎の兄弟愛(殺すか死ぬか矛盾を止揚させるか)、阿濃の次郎への懸想から生まれた子供への愛、沙金の破滅への渇望(物語は彼女の世界に対する復讐のための陰謀でもある)、それぞれの愛の成就が叶う。
すべてが叶った以上は抜け殻を残して物語は終わる。
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