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日々の破片

著作一覧

2015-10-29

_ 獣の奏者

Kindleのポイント還元が大きかったので(なんのことはなく単価が高かったのだが)、題に惹かれるものがあったのと、Twitterでおもしろいかと投げたら例によってshachiさんが反応しておもしろいというようなことを書いてくれたので買って、読んだ。

読みはじめたら4冊分(外伝は読んでない)2日ちょっとで読了してしまった。

つまり、えらくおもしろかった。

ターゲットは小学校高学年から中学生(高校も多少含まれるかな)の女子で、どちらかというと明るく活発であるよりは、考えることが好きなタイプだろう。

主人公のエリンという女の子が最初が10歳で始まり、14歳で学校に入り、20前に卒業して学校で先生として働きはじめるまでの1~2巻は完全に主人公の年齢から、ターゲットにどんぴしゃりだ。

舞台は文明度からは紙と文字があるが、階級制度があり、知識は一部の階層にしかなく、祖法を秘伝とする王家がありということで中世程度だが、この世界とは、白くて翼を持つ巨大な獣(読んでいると大鷲のようなイメージがあるのだが、おそらく蛇と戦うイメージからだが、実際には翼を持つ獅子に近そうだ)と、角と鱗を持つ巨大な蛇(角を握って乗ることからは龍とかファルコンみたいだが、大群となって戦争に利用するスペクタルシーンからは砂の惑星のワームのようでもある)がいることが大きく異なる。獣は王獣、蛇は闘蛇と名付けられていて、主人公とこの2種の生物との関係が全体を貫く。

1~2巻は知識欲旺盛で、次々と身内が死んでいく不幸に見舞われながらも、運よく主人公の性格や指向を理解してくれる大人が次々と出てくるおかげで、王獣と竪琴で交流できるようになるまでが描かれる。

読んでいて感心するのは、非常に優れた教育書になっていることで、読者が主人公に寄り添って読んでいれば、考えるということはどういうことかということが、かっちり学習できるようになっていることだ。

次々と不思議な現象を観察してしまい、それが何かを推測し、検証し、理解する。特に母親を失ったあとの最初に育ててくれる人が、酔拳の老師のような雰囲気で(体術と学術の違いはあるが)実に良い雰囲気だし、その後の学校生活も、友情はないわけではないが(というか、重要ではあるが)、基本、本人の学究を軸に進む。学校生活なのだから当然なようだが、あまりお目にかからないタイプの作品だ。

陰のある生い立ちで、学校友達に恵まれて主人公が成長するということで、なんとなくハリーポッターを思わなくもないが、そこが全然異なる。事件に巻き込まれて冒険するのではなく、主人公が疑問を持つことから探求が始まる。

それが実におもしろく、心地良い。

3~4巻は、30歳の子持ちになったエリンが、政治と外交に巻き込まれる。生物学者の前に社会科学が立ち上って来たのだ。

闘蛇の突然大量死の謎を探るところから、イスラム教国(砂漠の向うにあり、1つの神を信じている高い文明を持つ諸国群で、征服した諸国民も同じ神を信じればまったく平等に扱われるというようなことから、今のイスラム国ではなく、十字軍時代のイスラム教国に近い)の侵攻、異人種の貿易国との国交、王権どうあるべきかとか、さまざまな大人の事情がガンガン出てくるうえに、本人が大人(子供がいるから大人として振る舞わなければならなかったりする)にならざるを得ず、しかし心は草原の上を吹き流れる風のような自由を持ったまま、(また夫が常に死と向かい合って生きて来た男なので)孤立したまま、いやおうなく社会生活に付き合うはめになってくる。しかも、それは単に本人だけのことではなく、自分は楽をしたいだけの貴族や、何をどうすれば良いのか混乱しきっている絶対平和主義の守護神としての役割を求められている女王と、その夫の戦闘マシーン大公(別に戦争が好きなわけではないが、9条女王と自衛隊大公とか考えながら書いていたのかなぁとかいろいろ想像される)やら、国粋主義者くずれの公爵、貧富の差によるルサンチマンが駆動する裏切り者の大量発生とか、事態は混沌としながら、進んでいく。そして子供は全国に学校を作り国民に教育を与える役目を担って終結する。

卑しい人間は出てくるが、そういうどうでも良い連中に作品のページを使うのはもったいないとばかりに、基本的に出てくる人間は自分が何をなすべきかには迷いはあるが、世の中を悪くしないようにか、あるいは良くするためにか、その2つのベクトルの違いによる諍いが主となる。

当然、戦争というのは正義がどうしたというようなことではなく、経済圏を守るためには、どのような妥協があるのかとか、長い目で見れば負けようが戦争を辞さない姿勢を見せる(武力の示威)ことで周辺諸国に与える影響を考える必要があるとか、子どもだましではない目線で物語は進む。

1~2巻が、勉強するというのはどういうことかを学べるのであれば、3~4巻は、話し合いや殴り合いの経済効果をはじめとした社会との向き合い方を学べる作品となっている。

おもしろいなぁ。今はこういう娯楽作品が受け入れられているのだな。

獣の奏者 全5冊合本版 (講談社文庫)(上橋菜穂子)

奇妙と言えば、視覚的な印象がすごく薄い。

1~2巻のクライマックスは、映画でいえば角川春樹の天と地よや、ディズニーのナルニア物語の2作目のような、2陣営の俯瞰による大スペクタクルシーンで、大地を覆う闘蛇に天空から襲い掛かる王獣(背中に当然のように主人公が乗っている)で、3~4巻のクライマックスも同じく地を埋め尽くす闘蛇の上に天空から襲い掛かる王獣軍団(飼育繁殖に成功した)というスペクタクルシーンなのだが、どちらもあまりパースペクティブが無い。最初、形容がへたなのかと思ったが、別にそういうことでもなさそうだ。

それよりも主人公たちの思考の印象が強い。三人称小説なのだが、意識の流れが入っているので、すごく観念的な印象を受ける(とは言え、思考の対象が物理的なので、曖昧さはなく、硬質な読み応えががる)。

子どもが小学校高学年だったら、買って読ませてやりたかった。


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