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日々の破片

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2016-11-27

_ ラボエームを考える

一番好きな歌劇ではあるのだが、いろいろ不可解な点が多くもある。

一般論としてはお涙頂戴の下世話なメロドラマという解釈が普通だろう。

アキ・カウリスマキですらインタビューに応えて、プッチーニのせいで失われたあるべきボエームの姿を俺は描いたぜ、みたいなことを語っていた。

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だが、結果論はそうかも知れないが、聞いていると、とてもそうとは思えない。

時代的な制約として、リコルディもプッチーニも、稼ぐためには楽譜を売らなければならず、そのためには美しい歌が必須だということがある。しかも、それを客の耳に残す必要もある。

ベルディはリゴレットで後半女心の唄を歌わせまくるという技を使ったが、ポストワーグナーの時代であれば、ライトモティーフとしていくらでも繰り返せられる。

かくしてラボエームの中では私の名はミミが流れまくる。結果、主役はミミとなり、主役が死んでしまうのだから、悲しい悲しいお話となる。

が、実際はそれ以上にタラララン、タラララン、チャン! という上昇して下降して止めが来る4銃士のモティーフが流れまくっているのだ。調子を解釈すれば、タッタタターノ、タッタ並みのずっこけ節だから、さしずめズッコケ4銃士のテーマとでも名付けられるべきものだ。

特に顕著なのは4幕で、どれだけ悲しい場面であろうとも、4人のうち誰かにスポットがあたると4銃士のモティーフが入る。普通に考えれば、すべてがぶち壊しになるほどの音の暴力なのだが、観ているとそうは感じない。

おそらく、プッチーニの構想はアキアウリスマキと同様に、ズッコケ4銃士のおちゃらけ生活を楽しく描く喜劇だったのだと想像する。ジャンニスキッキの作曲家でもあるのだ。もちろんミミは死んでしまい、それはその場では悲しいのだが、それすらエピソードに過ぎず(悲しむことすら楽しみだ)、4銃士の自由な魂は不滅と歌うはずだったのではなかろうか。

ベノアのところまでは良い。

そのあとも、鍵を隠したり(当然、そういうノリであるから、ミミは自分で蝋燭を吹き消すべきだろう、で、おっちょこちょいの隣人ですみませんとふざける)、口説くチャンスを逃さず手を取って、なんて冷たい手だとかおちゃらけるつもりだったのではなかろうか。

が、唐突に希代のメロディストが目覚めてしまい、しかも楽譜売りまくりの商売人の才覚が後押ししてしまい、どうやって生きているのかっていうと生きているけど気分は100万長者、私の名はミミだけど花は生きていない、なんと美しい人なのか、と、まるで4回転ジャンプを決めまくってしまったかのような超傑作の連発をしてしまった。あわてて、3人との掛け合い漫才(詩人が詩を見つけたようだ)とかを入れたりしてももう遅い。

天下のメロドラマになってしまった。

2幕はそれでも喜劇の性格を維持している。不自然なほど多重世界の物語を作り、片方でおもちゃ屋と子供のやり取りや軍隊の行進を入れて、片方でムゼッタとルルの駆け引きを入れて、同時にマルチェッロの意地の張り具合(おれは死んでいなかったの箇所はそれにしても素晴らしい)、なぜか急に恋愛評論家となるミミの世間ずれしまくっていることの明白化(1幕でも、ロドルフォの「一緒に居ない?」「友達に付き合うべきよ」「そのあとは?」「ふふふふおばかさんね」と、これっぽっちも純真な乙女ではないことを明らかにしているわけだが)と、これでもかとさまざまな要素を突っ込んで猥雑感を作る。うまいものだ。

3幕も、本来であれば、ムゼッタとマルチェッロの痴話げんかとミミとロドルフォの別れ話は同一比重でおもしろおかしく作るはずだったに違いない。が、ここでもメロディストの本能が目覚めてしまい、あの美しい春になったらお別れねになってしまい、ムゼッタとマルチェッロの罵り合いの印象が薄まってしまう。

なだれ込んだ4幕も最初のうちでこそズッコケ4銃士トーンを維持しているが、ミミが3人に挨拶するあたりからどんどん悲劇になっていってしまう。

唐突に外套に別れを告げたり、ショナールの役立たずっぷりを強調したり、実はムゼッタが敬虔だったりして悲劇調を打ち破ろうとするのだが、私の名はミミのフレーズを強調しまくってしまう(楽譜を買わせるんだ)ために、すべてがぶち壊されてしまう。

かくして、観終わった後の印象は、ズッコケ4銃士のおもしろおかしいその日暮らしではなく、詩情と美しい歌に溢れた悲しい悲しいメロドラマとなってしまうのだった。


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