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日々の破片

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2019-03-16

_ 運び屋

クリントイーストウッドの運び屋を観に豊洲。とりあえず都心で駐車場が利用できる(バルト9の駐車場は映画を観ても別料金だが、豊洲のユナイテッドは3時間の券がもらえる)のが良い点。

さすがにとぼけてるのではないかと思ったら、そんなことはなく、良いテンポで90歳の爺さんのロードムービーに近い映画で実に良いものだった。ロードムービーは行って帰らないが、これも往復しまくったあげくに最後は行ったきりだし、ロードムービーといえば車から流れる音楽だが、それもありありでなんかくだらない歌を一緒に歌って、それを盗聴している車の連中もまた一緒に歌うとか。

テーマは回復の物語で、その点は実にうまい。

2005年の絶頂期、ラテン人3人組に出荷を手伝ってもらったりしている(スペイン語で軽口を叩いたりするのだが、これは後で役に立つのだな)、しょぼいインターネット通販(20ドルで全米どこへでも)をインターネットは嫌いだと切り捨ててから12年、農園が破産してインターネットにやられた、と呻く。2005年の絶頂時にすっぽかした娘の結婚式を根に持たれて娘からしかとされる12年でもある。

それがたまたま行く先がなく向かった娘の家(すぐに追い出される)で、孫娘の婚約パーティでラテン人から仕事を紹介される。紹介先へ向かうと機関銃をかまえた男たちがいる。かくして第二の人生が始まる。

最初の旅でエンジンのかかりが悪い壊れかけた車(フォード)を新車(わからん)に変える。あとになって考えてみれば、旅はすべて回復なのだから、新車は新しい仕事、新しい人生の象徴なのだろう。つまり、人生の最初の回復なのだ。

次の旅で農園を回復する。

その次の旅で火事になった退役軍人会のレストラン、つまり居場所を回復する(25000ドルだ)。爺さんは朝鮮戦争の帰還兵なのだが、イーストウッドの映画では朝鮮戦争帰りというのはいつも意味がある。ベトナムが負け戦でグレナダは勝利したがしょぼすぎ、アフガニスタン以降はさすがに年齢設定上範囲外かまたは何か含みがあるのだろうが、戦争といえば朝鮮戦争になる。対共産主義という点ではベトナムと変わらないはずだが、負けたうえに時代的な問題意識がつきまとうベトナムと違って朝鮮戦争は比較的自由のための戦い(この映画でもこのセリフが出てきていた)というイデオロギーが未だに成立しているのかも知れない。

5度目の旅で孫娘の美容学校の学費を払って卒業させる。でもまだ妻の愛は取り戻せないが、家族の回復の第1歩となる。

最後の旅で金(つまり仕事)ではなく妻を選び、家族を回復する。

確か5度目の旅の途中に出てくる白い砂漠が印象的だ。

途中、パンクして立ち往生している黒人の家族を手伝うことになる。明らかに悪気はない言い方で、ニグロと一緒にパンク修理だ、と軽口を叩くと場の空気が変わる(このあたりの映画的な手法はさすがにうまい)。夫のほうが今はそうい言い方はしないんだ、と冷静に言う。そうかわかったと答える。

これは良いシーンだと思った。映画の中の設定として、この爺さんのこの時点のありかたが良く出ている。直した方が良いと言われたことには素直にしたがう。この爺さんが基本他人に親切(それが家族に向けられない心の持ちようだということが妻の不満でもあり本人が最後に自覚する問題なのだということも明らかになってくる)なのは、バイク集団でエンジンのかかりが悪いやつに、リレーがいかれたのが原因だと教えるところとか、細かくシーンがある。どうでもよいがダイクスがレズビアンを指す言葉だというのはなんとなく知っていたが、本人たちが名乗るものとは知らなかった(し、ちょっと考えていたのとはニュアンスが違う。それにしても今はじめて辞書をひいたが本義が土手というのは日本語の隠語との共通性もあるところが意味深だな)。

別のストーリーがある。メキシコの麻薬王だ。

映画としては結果オーライになり続ける運び屋の自分勝手な旅程が問題となる。麻薬王は、結果が良いということで、気にしない。仕事の属人性を認める運用をしているのだ。当然冷酷無比な殺し屋でもあるわけだが、確かに古いタイプのギャングで意外なほど身内と思えば親身となり人情もある。

それに対してそういう甘い経営ではいかんと考える一派によりクーデターが起きる。爺さんの仕事にもタイムスケジュールに合わせた正確性が求められる。が、実はそれは警察に捕まる道でもある。わりとこういう考え方は70年代っぽくて(ルパン三世にもそういうテーマの回があった)好きではないが、定性的には正しいような気がする。

他にもシカゴ警察に転籍してきたエリート捜査官のストーリーがある。麻薬王に拾われて頭角を表してきた子分のストーリー、爺さんにSMS(テキストと喋っていたからSMSだが、字幕ではメールになっていたが、どちらでも良い)の数字の打ち方を教えるためについ本拠地のほうの住所を教えて殺されてしまうサルというギャングのストーリー、イリノイ州の豚サンドの店の声に出されないラテン人差別、強面のおっかないスキンヘッドのギャングが妻とのいきさつを知ると麻薬王に懸命に取り成す(姿は見せない)など細かいエピソードがあり、退屈する隙間が全然なくおもしろかった。

_ 学習する爺さん

以前、イーストウッドの映画のテーマの変遷について書いたことがあるが、過去の落とし前をつける映画を撮り続けていたのが、ルーキーのあたりから変わったということは気付いていた。

運び屋を観ていて、ある意味、この映画も過去にそうであったほうが良かった人生を回復する物語という点では過去に落とし前をつける映画ではあるのだが、別のテーマがはっきりと見えるように思う。

その意味ではやはりチャーリーシーンと組んだルーキーは重要だったのかも知れない。要するに、若者から学ぶ老人の物語だ。

ペールライダーまでの過去との戦い方は孤高のものだったが、若者と組んでそこから学ぶことで新たな戦い方をするというのがそれ以降の、おそらく老境を自覚してからの映画なのだ(組んでいる脚本家やプロデューサーもそれに協力しているのだろうけど)。

自分は端役に徹しているパーフェクトワールドですら、ケビンコスナーは連れ歩いている子供からいろいろ学んでいたのだった。

アジア人からいろいろ学ぶグラントリノにしてもそうだし、運び屋も黒人家族や、ラテン系のギャングたちからいろいろ学んでいる。おそらく、そうやって学ぶことが、逆にそれらの作品で若者に対しては学ばせていることにもなっている。

そういう老人というのは良いものだし、そういう老人映画の作り手なのだな。


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