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再び豊洲に行ってグリーンブック。
なんかの広報誌で見て話がおもしろそうだから観に行ったわけで、物語の映画としてはその点については十分におもしろかった。
最後に自分の言葉で妻を称える手紙を書くところとかなかなか印象的ではあったし、なるほどソ連に留学したということなのかとか疑問点が払しょくされたりもして楽しめた。嘘ではなくはったり(映画の中で原語と翻訳語でどう言っていたかは忘れたが、日本語としてはあまり良い訳とは思えなかった。が、字幕の制限がある以上やむを得ないとは思う)男としてのリップだとか、そのはったりがつい手を出してしまって頭を抱えていると傲然と立ってはったりを超えた事実で釈放を勝ち取るシーンとか普通に映画的に気持ちよくもある。
一方、映画としては運び屋に引き続きこれまたロードムービーで、それ自体はテンポも悪くないし、無力感に突き落とされる農園のシーンや指さす方向の庭の中に立っているトイレのシーンや、翡翠のシーンなどなかなか良いし、音楽はおもしろいし、何気なく(その前にはいろいろあるわけだが)立ち寄ったバーのピアノを演奏するシーンなど気に入ったが、いかんせん終盤があまりによくない。
また警察がやって来たと思ったら親切だったというのは良いとして、観ながら、この作品はラストが作りようがないのではないかという疑念が渦巻く。史実を利用するとそういうことはある。現実はフェードインフェードアウトの連続なのでかっちり終わらせるのは至難だ。
想像したのは、独りに返って、兄への手紙を書き始める、というものだが、まあ紋切り型だからそれはないだろうなとも想像はつく。だとすればどう終わらせるんだろう?
一緒に家に入るのか? と思ったが、それは大家族のクリスマスパーティーという絵にはそぐわない。実際、カーネギーホールの上の部屋に戻り、召使いに帰宅をうながす。ここまでは他に選択はないからまあ良いのではなかろうか。
一方、水道工事の連中が口をつけたというだけでコップをゴミ箱に捨てた同じ人間が、ニガーという言葉に反応してたしなめるというのもそりゃそうだろうと思いながら観ているのだが(全体反対、個別賛成が高じて全体に対しても考えが変わるというのは、本当に普遍的だな)どう考えても終わらせようがないままずるずると進むのだろうか?
そうしたら、質屋夫婦で1クッション置いた後に、予想される一番どうでも良い終わらせ方になりつつあり、そうはいっても、他に選択肢もないしそれほどは悪くもないかなしょうがないかもとか思っていたら、なんとイタリアンママは何でも知っているというすさまじくくだらないオチを付けて終わらせたのには呆れた。
でも、そのあとで小鬼の饗宴のオルフェウスのジャケットを見せてくれたから良しとする。
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