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妻がニコラスレイの孤独な場所を途中まで観てやめたとか言っていたので、スチュワートグレンジャーだかロバートライアンだかが家の裏の岩山を上る映画だろう? と言ったらハンフリーボガードが主演だという。で、自分が危険な場所で孤独な場所でをごっちゃにしていたことに気づいた。要はおれが観たことあるのは危険な場所でで孤独な場所では観たことない。
というわけで、観た。すごい傑作じゃないか。今までおそらく何度か映画館で観る機会もあったように思うが、危険な場所でとごっちゃにしていたのでスルーしていたようだ。
物語は、ハンフリーボガード演じる主人公ディクソンがやたらと粗暴(始まって数秒で侮辱した男を殴ろうとして逃げられた腹いせに乱暴な運転をすることで示される)な男だと示して始まる。映画人が集まる店で子供にサインをねだられる。おれを知っているのか? いや知らない。もちろん知らなくて当然で、男は脚本家なのだった。
そのあとも店で、友人の役者を侮辱した映画会社の社長(なんと、役者のグラスを灰皿に使う)を殴り飛ばしたりやたらと粗暴だ。ただし、軽口を叩きまくるので、ハードボイルドの典型的な主人公と言えなくもない。
その店の受付の女性に脚本用の原作の小説を読んでくれと頼んで家に招くところからドラマが始まる(原作を自分で読まずに誰かに読ませる習性らしきことはクラブで再開した(かってつきあっていたらしい)女優からも言われる)。
家に二人で入ろうとすると、同じマンション(ホテルかもしれないが、いかにもアメリカらしいコンドミニアム)の女性とすれ違い、お互いに目線が飛び交う。
受け付けの女性から原作の実にくだらない要約を教わった後にタクシーでも拾って帰れと金を渡して送り出す。そのままぐっすり眠る(クラブで朝は10時ではなく11時に迎えに来いと言っているくらいなので疲れていたのだろう)。
翌日、知り合いの警官(なんで制服じゃないんだ? 刑事に昇進したのです。おおおめでとうとかのやり取り)のニコライが朝5時に訪問してくる。受付の女性が殺されたので容疑者とされたのだ。
結局、同じマンションの女性の証言でディクソンは解放され、二人はそのまま付き合い始める。彼女の献身のおかげ(というよりも、恋心のおかげだろう)で、脚本の執筆はのりにのり、エージェント(20年来の付き合い)は大喜びする。
しかし、あまりに男の粗暴なふるまいと、かって知り合いがディクソンと付き合っていて愚痴を聞かされていたらしい彼女の友人の話などから、徐々に彼女の心に実は殺人鬼なのではないかと疑惑が芽生えてくる。しかも、彼女の証言から解放したものの、警部はいくらニコライ刑事が犯人とは考えられないと言ってもディクソンの過去の粗暴っぷりから真犯人扱いして彼女を誘導しまくる。
最後、ディクソンの容疑は晴れるのだが、覆水が盆に返ることはありえない。彼女は脚本に入れるつもりだとディクソンから聞かされた別離の台詞を口にして涙を流す。
この作品、どうもまったく明確には書かれていないが、いかにもニコラスレイ(赤狩りのターゲットでもあった)の作品らしい反戦要素が見え隠れする。
ハンフリーボガード演じる主人公ディクソンは、刑事のニコライから表情に出さないが良き上官だったと評されている。殺人の推理を披露するところでは、どうも人殺しを教わりまくったというようなことを言う。
職業軍人でもないのに上官として軍隊にいたということは、それなりの期間軍隊にいたわけだ。映画は1950年公開ということは、朝鮮戦争ではなくイタリアかフランス=ドイツ、あるいは太平洋で日本との戦争だろう。硫黄島で日本兵を火炎放射器で焼き殺しまくったのかも知れない。
1950年ということはまだPTSDなんていう言葉はないわけだが、脚本家という表現者である以上、ディクソンは教養も知性も感受性も人並み以上の持ち主だ。そういう人間が何年も殺人をしていれば、日常に復帰するのが難しい可能性は高い。そのあたりは、戦後はろくな仕事をしていないというような他の映画人の言葉からも見え隠れする。
おそらく20年来の友人でもあるエージェントが、ひどい扱いを受けたり(暴力を止めようとして眼鏡を割られて顔に怪我もする)しても付き合いはやめないと断言するのは、いわゆる「戦争で人が変わった」のを知っているからだろう。同様に鼻の骨を折られたということになっているフランシスという女優が屈託なくディクソンと会話しているシーンもある。
実際に、ディクソンが暴力をふるった後のふるまい(無表情ではあっても反省しまくっているのは間違いなく、暴走族呼ばわりされて自動車の200ドルの塗装を台無しにされた男には300ドルの見舞金と花束を匿名で送るシーンがある)から、異常な暴力衝動に戦争のフラッシュバックを読み取ることは容易だ。
なんとなくアマゾン評を読んだら、シリアルキラーの主人公をニコラスレイが脚本を現場で直しまくって変えたらしい。
戦争の犠牲者の苦悩と孤独を描く(ハンフリーボガードの演技が良いのだ。普段の軽口を叩きまくる表情と殺人再現の嬉しそうな表情の差)ことで見事な反戦映画に仕立ててしまったわけだな。
大傑作だった。
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